第110話 マステマの介入

 アハバインの帰還と同時に、荊の王が私の後押しを受けラジエルの能力を無効化する。


 アハバインは消耗は激しかったが、見た限り特に大きな問題はない様だ。

 いつの間にか天剣も持っている。

 どうにかして呼び出したのだろう。


 あの男は今更天使の押し付けがましい試練でどうこうなる人間でもない。


 だが後で褒めてあげよう。流石は私の契約者だ。


 セピアがまだ戻ってきていない。

 試練に手こずっているのだろう。

 魔導士としては優秀だが、元々メンタル面が弱いので仕方ないと思う。

 悪魔としてはああいう子がおいしいのだが、今は身内になったのでどうこうするつもりはない。


 私の動きを制限している周囲の空間を砕く。

 ラジエルと私では私の方が勿論強いが、あれもそれなりの天使だ。

 茨の杖が無ければここまで楽に動けないだろう。


「今度手入れ位はしてあげる」


 茨の杖はそれを聞いて喜んだようだ。

 杖の癖に情緒豊かである。

 それに便利だ。この世界は本当に面白い。


 ラジエルが私が動いたのに気付いて、本をめくるのを中断する。

 恐らくあの本の中にセピアが捕らわれているのだろう。

 一応助けてあげるか。


「全く、なぜ君のような悪魔がこの世界に来れたのか」

「それは私を呼び出した人間に言って」


 もう死んでるけど。

 あの無遠慮な人間には困ったものだ。


 背中の翼をはためかせる。

 別にこの翼で空を飛んでいる訳ではないけど、羽から魔力を放出すると効率よく加速できるのだ。


 ラジエルが私から逃れようとするが、私からは逃げられない。


 目の前まで距離を詰め、本を掴みとる。


「あ、ちょっと」

「……悪趣味」


 悪魔である私が言うのもなんだが、この天使は人間に対して拗らせている部分がある。


 本にはざっと見ただけでも趣味の悪い内容ばかりが載っていた。

 本の中に手を突っ込む。


 少しまさぐると、手応えがある。

 本からそれごと引く抜くと、べそをかいたセピアが出てきた。


「ふぇ?」

「後は自分で飛んでね」


 ぽいっと投げ捨てる。


「何!? 何なの!?」


 絶叫が上がったが、あれでも人間の中では優秀な魔導士だ。

 混乱していても自分で飛行位は出来るでしょう。


「ああー、あの子は折角良い感じだったのに」

「こんなままごとに付き合わせないで」


 そもそも私達は別に天使の試練を受けに来たわけじゃない。

 別に天空の塔の頂上が何もない空っぽでも、それなりに楽しめればよかっただけだ。


 このくだらない天使の所為で台無しだが。


「どうせ人間を引き込んでは遊んでいたのは分かってる」

「人聞きが悪いなぁ。それにちゃんと試練を突破した人間には報酬を渡していたさ」

「まともに返したのは一人だけの癖に」

「ああ、そういえばそうだ」


 本の中を漁った時、セピア以外にも感触があった。

 未だに試練に捕らわれている人が本の中に居るのだろう。


 恐らく塔の近くの住人はこの天使の言いなりになっている。

 噂か何かを流して情報を操っていたのだと思う。


 この天使の趣味を満たす為に。


 人間は悪魔が悪いように言うが、天使も碌なものではないという事を知っておくべきだ。


 別に私もアハバインが居なければ人間に対して思い入れは無いが。

 私を初めて負かした人間であるあいつはずっと観察するに足る。


 交尾したいならしても良い。


 本を地獄の火で燃やす。

 悪魔である私にはわかる。

 セピア以外の人間は既に肉体を失い、魂だけが捕らわれている。

 こうしてやるのが一番良い。


「あーあ。はあ。久しぶりの人間だとはしゃがずに、無視しておけばよかったか」

「それで」


 本が跡形もなく消える。


「それで。何を寄こしてくれる?」


 これだけ私に手間をかけさせたのだ。

 悪魔らしく、対価を要求する。


「君は試練を受けた訳じゃないだろ」

「試練を出すお前を限界まで痛めつけても良いんだよ」


 直接戦っても私が強いのはさっき証明した。

 改めて証明しても良い。


「悪魔め……」

「そうだけど」


 何をいまさら。


「分かった。分かったよ。塔に来てくれる人間も殆ど居なくなったし潮時か」


 そう言うとラジエルは天使の核を投げてよこした。


「金銀財宝よりもそれが欲しいんだろう?」

「これはお前のじゃないの?」


 別にそんなもの欲しい訳ではないが、まあアハバインには役に立つか。


「違うよ。私が人間界に来る時色々あったのさ。私が侵食を起こしてないのもその所為だ」


 確かにそれは気になっていた。

 私より少し劣るとはいえ、それなりの天使が放置されていればその存在の重みで天界と繋がってしまうはずだ。


「まあ、貰ってく。お前はこれからどうするの?」

「天界に帰るよ。君とは違って帰る手段は用意してあるからね」


 少しイラっとした。痛めつけておけば良かったか。


「二度と来ないで。悪趣味な天使」

「おお怖い。悪魔にそんな事を言われるなんて、よほどこの世界が気にいったんだね」

「そう。そんな悪趣味な事をしなくても、十分楽しめる」


 ラジエルは肩をすくめた。

 分かり合えない様だ。別に残念でもないが。


 ラジエルが羽を広げ、羽ばたかせる。


 素直に帰らずにまた何かするなら、もう一度殴るだけだ。


 ラジエルを見送った後、アーネラとノエルの元に行く。

 この二人が試練に巻き込まれなかったのは幸いだろう。


 私が目を付けているのだからそんな事はさせない。


 アーネラに引っ付く。

 柔らかい感触と甘い匂いがした。


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