第109話 セピアの試練⑤ 黒い染み

 扉を開けて眩しい部屋の中で身を隠す場所を探す。

 目隠しされた女性は沈黙を保ったまま祈る体勢を続けている。


 部屋は狭い。もし身を隠すなら……。





 少しして扉が再び開かれた。

 私は天井の眩しい光を放つ照明の上に待機している。


 こんな眩しい照明をわざわざ見上げる物好きは居ない。


 代わりに私からも入った来た人物が見えない。

 かろうじて見えたのは魔導士の服装をした女性の姿だった。


 入ってきた人物は少しだけ滞在し、すぐに出ていく。


 扉を閉める音がして足音が遠ざかるのを確認し、私は照明から降りた。

 探知にも見つからない様に念入りに身を隠したのでバレてない、と思う。


 少しだけ息を吐く。


 試練と評してこの塔に送り込まれてからずっと、気が休まるときがない。


 冒険者の生活はこんな感じなのだろうか?

 だとしたら、あのアハバインとの冒険は随分と贅沢なものだったんだなと感じる。


 振り返り、祈りを捧げさせられていた女性を見ると絶句した。


 石に変えられている。

 人間を石に変える魔法は存在するが、難易度は高い。

 こんなわずかな時間でそれをしてしまうとは。

 恐ろしい技量だった。


 同じ事を出来なくはないが、もっと時間が掛かる。

 この魔法は呪いに近い性質で、解呪を行うと相手にそれが伝わってしまう。


 約束通り後にまた来ることを改めて約束して部屋から出る。


 廊下を戻り、再び三つの分かれ道が前にある。


 今度は正面の廊下を選択した。


 周辺程度ならともかく、広い範囲を調べようとすると魔力探知が効きにくい。

 恐らく建築に使われた素材の所為だろう。


 逆にこちらの事も探知しにくい筈だ。


 足音を立てない様に風の魔法で消音する。

 真っすぐ歩くと、鉄の扉があった。


 レバー式になっており、右手で引いてみる。

 ビクともしない。


 両手で思いっきり体重をかけてみたが、動く気配もない。


(むぅ)


 改めて扉を見ると、どうにも仕掛けがあるようだ。

 その仕掛けの所為でレバーが動かない様に固定されている。


 扉の前には数字が書かれてあった。

 4桁の数字で、今は0000となっている。


 魔法で壊すことも考えたが、見るからに分厚い鉄の扉だ。

 これを破るには相当高位な魔法が必要になる。


 必然的に広範囲に騒音が鳴り響くだろう。


 この塔には恐らく化け物たちがまだ沢山徘徊している。

 それらが一斉に襲ってくることを考えると、諦めざるを得ない。


 これがマステマなら、多分邪魔の一言で壊して進んでしまうに違いない。

 むしろ化け物たちを呼び込んで一掃した方が話が早いと言いそうだ。


 彼女自体がこの世界における最強の怪物なのだから当然ではあるのかもしれない。


 この扉の先に進むために一度分かれ道へ引き返し、最後の廊下に進む。




 廊下の先は木の扉で、鍵は掛かっていなかった。

 開けると部屋が真っ暗だったので、照明の魔法で中を照らす。


 どうやら、貴賓室のようだ。


 使いかけの蝋燭がいくつか配置されていたので魔法で火をつけてみると、全貌が明らかになる。


「なにこれ……」


 予想通り貴賓室だ。

 いやだった、というべきか。


 高価そうな椅子の上には黒い人型の染みがある。

 机の上には食べかけのお菓子と紅茶が放置されていた。


 窓には分厚いカーテンがかけられていた。

 この所為で部屋が真っ暗だったのだろう。


 仮にカーテンを開けても外の様子では、不気味な赤い明かりしか得られないのだが。


 周囲を見回す。

 特に何かが居る様子はない。


 部屋の中に足を踏み入れて見る。


 床には沢山の埃が溜まっていた。


「……?」


 これだけ埃があるという事は長い間此処は利用されてない筈だ。

 なら何故机の上にある紅茶やお菓子は綺麗な状態なのだろう。


 靴が汚れるのは諦めて歩く。

 埃の上でくっきりと足跡が付いた。


 部屋の中を調べてみたが、家具の中も含めて特に何もない。


 何かあるとすれば、この部屋の中心にある複数の椅子と机だろうか。


 心底嫌だなぁという気持ちが湧く。

 この部屋自体が不気味だが、机の辺りは比べ物にならない。


 全身がざわつくのだ。


 椅子に近づく。

 黒い染みは椅子に染み込んでおり、どうやっても取れそうにない。

 机の上を見て見ると、紅茶の入ったカップの中に4枚のコインが沈められていた。


 いくらなんでも不自然すぎる。

 しかし他に手掛かりになりそうなものもない。

 眉をひそめながら手を伸ばす。


 紅茶と思った液体は肌に張り付くような粘着性のある液体だった。

 余りの気持ち悪さに鳥肌が立つ。


 手袋越しでも気持ち悪い。

 カップを壊してもいいから魔法でとるべきだったと後悔しながらコインを持った瞬間、魔力探知が反応した。


 椅子の人型をした黒い染みが椅子から剥がれて、そのまま立ち上がってこちらを眺めている。

 それが4体。

 黒く薄っぺらい影のような何か。


「~~~~!?」


 悲鳴を上げようにも声すら出なかった。


 黒い影はそれら全てが魔力で構成されていた。

 魔道生物と呼ばれる存在に近い。


 ゆっくりと手のような部分を伸ばしてくる。


 左手の手袋が少し触れた瞬間、手袋が腐食したのを見た私は走って部屋から出た。


 扉を急いで閉めて、魔法で開かないように強く固定する。


 扉の向こうで何度も部屋を開けようとする音がした。


「もうやだぁ」


 もう泣きそうだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る