第108話 セピアの試練④ 白い部屋

 私は大きくため息を吐いた。

 魔力の消耗、というよりは精神的な疲労が大きい。


(何でこんな目に?)


 そうは思ったものの、こうなってしまってはやるしかない。


 馬の怪物を倒すと、その体も消えていく。

 そこには鍵が落ちていた。この大広間を出る為の鍵なのだろう。


 鍵を拾った後、追いかけられて読めなかった手紙を開く。

 手紙の言葉は少し古い魔道国の言語で書かれていた。


「塔の頂点に待ち人」


 そう書かれている。


 これも試練の内容なのだろう。


 私は懐に鍵と手紙を仕舞い込む。

 此処で手に入れた鍵はやはりこの大広間の鍵だった。


 戻る道ではなく、まだ行ってない場所の扉の鍵穴に差し込むとカチン、という音と共に鍵が開いた。


 そっと開けると、そこは廊下だった。

 天井がなく、外が見える。

 随分と周囲は暗い。だというのに月だけが赤々と輝いており、不気味だ。


 ここから外に飛べば楽にこの塔を登れないだろうか?

 そう考えたのもつかの間、雷の音と共に雨が降り始た。


 いきなり降った雨は激しい。

 水と風の魔法を応用して雨を防ぐ。


 この雨と雷の中を飛行の魔法で突っ切った場合、恐らく何かに邪魔をされる。

 なんとなくだが、そんな気がした。


 周囲には幾らでも水がある。

 水の魔法でそれを束ね、外へと向けて放出する。


 すると、途中で見えない壁に水が阻まれた。


「塔を登らないとダメって事ね」


 不気味さを少しでも消したくて、そう独り言をつぶやく。

 雨の音で自分の耳にすら大して届かなかった。


 身体が濡れないとはいえ、このまま此処に居ては冷えてしまう。

 魔法で雨を防ぎながら歩を進める。


 しばらく歩いただろうか。扉が見えた。

 ドアノブに手を触れて回してみる。


 鍵は掛かっていなかった。

 扉を開けて中に入ろうとした瞬間、雨に紛れて遠吠えが聞こえる。


 とっさに振り返って雨の中を見たが、雨はより激しくなり何も見えない。

 急いで扉を閉める。


 ふぅ、と息を吐いた。


 廊下は僅かな赤い月明りしかなく薄暗い。

 魔法で周囲を照らしてみる。


 明るいだけで随分と恐怖が和らぐのを感じる。


 廊下へ続く道は三つある。

 魔力を感知してみるが、試練の所為なのか何時もとは違ってハッキリと感じ取ることが出来ない。


 仕方なく、細長い氷を作って地面に置く。

 すると、氷が右へ倒れた。


 私はそれに従い、右に進む。


 廊下には絵が飾られてあったが、いずれも趣味が悪い。

 風景の絵でも飾ってくれればまだマシなのに、と思いながら先に進む。


 すると奥に扉があった。

 扉を開けてみると、部屋が一瞬見えた。そして中は異様に明るい。


 どうやら天井につけられたシャンデリアから放たれる明かりの所為だ。


 眩しすぎて目が開けられない。

 仕方ないのでシャンデリアの周囲を水で覆う。


 大分明るさがマシになった。


「誰かいるのですか?」


 思わずビクッと体が反応した。

 こんな明るい場所の中で人が居るとは思わなかったからだ。


「私はずっと祈ってました。本当です。だから罰は……」


 改めて部屋を見ると、一人の女性が体を縛られており、祈りを捧げる状態で固定されていた。

 目は黒い布で覆われており、目隠しされている。


 部屋の中にはほとんど何もない。

 なんらかの神の像が女性の前に置かれているだけだ。


「あの、どなたか居るのでしょう?」

「突然入ってきてごめんなさい。貴女は此処で何をしているの?」


 私が声を出すと、女性は身を震わせた。


「私はずっと言われた通りにしていました。だからどうか罰だけは」

「安心して、私は貴女に罰を与えたりしない。外から来たの」

「外……?」


 そこでようやく女性がこちらに顔を向ける。

 肌が白い。


「教えて、貴女は此処で何をしているの? 捕まって何かを強制されているの?」

「私は……此処に連れてこられてからアイオーン様に祈りを捧げる様に言われてそうしています」


 アイオーン。聞いたことがない……。だが継承した記憶にはある。

 確か、この塔を作った魔導士が最終的に会おうとしていた神らしき存在だ。


 だが、この塔の魔導士以外でその名を口にした者はいないとされている。


 私もそんな名前の神は聞いたことがない。


「この像は?」

「それは……アルコーンを模して造られたと言ってました。この像を通してアイオーン様に祈りを捧げ続けろと」


 アルコーン……これに関しては完全に知らない。

 この塔の魔導士はどうやら自分にしか分からない神を自分の中に生み出してしまったのだろう。


 悪魔信奉者からさえ離脱してしまったほどの変わり者だ。

 この女性はどうやら攫われて無理やり祈りを強制されていたらしい。


「この明るさは何なの?」

「真に明るい世界に通じる為、だとか……」


 恐らく、何らかの意味があるのだろう。


「ここから逃がしてあげたいけど、私も出る方法は分からないの」

「そう、ですか。もし出る方法が分かったら、私も助けてくれますか?」

「うん、分かったよ」

「では私はこのまま祈りを続けます。そうしないと罰を与えられるので」


 女性はそう言うと黙った。

 罰を与えるという事は見回りが居るのだろう。


 見つかると厄介だ。

 シャンデリアの周辺から水を回収する。


「力になれなくてごめんね。後でまた来るから」

「はい」


 扉を閉める。


 アハバインなら連れて行っただろうなと思う。

 強い自信、そしてそれを裏付ける強さと経験。


 私にはそれなりに力はあるけど、それでも真似できそうにないと思った。


 少し足を止めて考えていると、以前聞こえた足音が聞こえた気がした。

 まずい。このままでは鉢合わせする。


 私はやむを得ず、再び部屋の中に入った。




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