第107話 セピアの試練③ 馬の怪物

 馬と人間が歪ながら一体となったような怪物が私を見る。

 その様は普通ではない。


 醜い獣と呼ぶべきだろうか。


 私を追いかけながら全力で走ってきた筈だが、多少呼吸が乱れているだけですぐに収まった。

 体力切れを狙うのは難しいだろう。


 あれだけ頭が大きいなら脳もそれなりに大きいはず。

 最低でも人間並みの知能があると思うべきだ。


 私は風の魔法を周囲に展開させる。

 魔法の出が特に早いのは水と風の属性だ。


 魔法の研究だけならそれなりに行ってきた。

 このような怪物をどうすれば倒せるのかも、継承された記憶が教えてくれる。


 それでも、心の中に生まれる恐怖は時間と共に大きくなっていく。

 それを紛らわせるように、私は風の魔法を馬の怪物へ向けて放つ。


 魔法で生み出された風は強い力で相手切り裂くことが出来る。

 それを七つ。


 並の魔物ならそれだけでバラバラに出来るはずだった。


 馬の怪物は風の魔法に臆することなく、全力で蹄を使い地面を蹴る。


 私はそれを見て杖に捕まって空に逃げる。

 風の刃に皮膚を切り裂かれながら、馬の怪物は私が先ほどまで居た場所に突っ込んだ。


 重い衝突音が部屋の中で響く。

 もし何もせずにあの突撃を受けたら、恐らく即死だ。

 死んだ後の顔もきっと判別できないに違いない。


 馬の怪物が壁にめり込んだ顔を引きはがす。

 そんな隙だらけの姿を見逃す訳にはいかない。


 生物にはやはり火が効くはず。

 火の魔法と風の魔法を合わせ、馬の怪物へ炎を浴びせる。


 体を焼かれればタダでは済まない筈だ。

 予想通り、馬の怪物の全身に火が回っている。

 体内の油に引火したのだろう。


 高温の炎を選択した甲斐があった。

 だが、その火は大きな嘶きによってあっさりと鎮火してしまう。


(ただの嘶きじゃない……魔法を撃ち消したの?)


 馬の怪物は、上部にある人間の手に何かを握っていた。

 それは広間に会った花瓶だ。


 それを私に向かって投擲してきた。


 私は咄嗟に衝撃の魔法で花瓶を弾き飛ばす。

 花瓶は割れて粉々になり、中の水と粉々になった破片を風の魔法で防いだ。


 しかし、次の瞬間目にした光景に目を疑った。


 空に浮いている私を目がけて馬の怪物がジャンプして飛び掛かってきたのだ。


 花瓶はただの目くらましだ。

 追撃の想定をしていなかった。

 戦闘経験の浅さが一瞬の隙を生み出してしまう。


 杖を馬の怪物に向ける。


 余程強い力で飛んできたのだろう。生半可な威力では止められない。

 水の魔法で氷の壁を作り、それを何重にも重ねて盾にする。


 馬の怪物は氷の壁を砕きながら距離を詰めてきたが、少しだけ時間を稼げた。


 風の魔法を左手で放出し、その勢いで一気に移動する。

 物理的な跳躍を行った馬の怪物は空中で方向転換などできない。


 水の魔法を使い巨大なつららを生成する。

 それを馬の怪物の横っ腹めがけて打ち込んだ。


 当たる直前、再び嘶きが聞こえてきた。


 つららが先端から砕けて消える。


「また……!」


 原理は不明だが、あの嘶きが魔法の効果を打ち消してしまうようだ。

 近くでもし同じことをされたら飛行の魔法も解かれてしまうだろう。


 現に今、一瞬だけ飛行の魔法による効果が切れて浮遊感を感じた。


 地上であの馬の怪物と戦うなど、私にとってはただの自殺行為に他ならない。


 火傷の痕が残る顔がこちらを向く。

 笑っているのか、憐れんでいるのか、嘆いているのか。


 その歪な顔からは判別できない。そもそも怖くてまともに見れない。


 私の最大の魔法である<満ちよ、光>を使えば嘶きを使われても届くだろう。

 だが、この魔法は少し詠唱の時間が掛かる。


 機動力が高い相手に使うには難しい。


(せめて少し時間を稼ぎたい)


 普通の攻撃魔法では全て無効化されてしまう。

 回復能力は無さそうなのが救いか。


 どうすればいいか少し悩んでいると、過去の私のものではない記憶が浮かんでくる。

 そうか。私が無理に相手をしなくても良いんだ。


 馬の怪物が地面に着地し、再び私に接近してくる。


 私は大きく息を吸って、吐いた。


「出でよ、ゴーレム」


 土の魔法でゴーレムを作り出す。

 周囲にあるのは木なので、それらを素材としてウッドゴーレムを生み出した。


 ゴーレムは私よりもはるかに大きく、力強い。


 ウッドゴーレムは私の命令に従い、馬の怪物を止める。

 馬の怪物の力は想像以上に強いが、ウッドゴーレムは見事に馬の怪物の足を止めた。


 それでも、少しずつウッドゴーレムが押されて後ずさる。


 その間に私は高速詠唱を使って呪文を紡ぐ。

 この魔法で倒せなければ、私がこの怪物に勝つのは難しいだろう。


 馬の怪物がウッドゴーレムに噛みつき、体を砕こうとする。

 メキメキと木の砕ける音が耳に響く。


(もう少しだけ頑張って)


 ゴーレムに心の中で声援を送りつつ、魔法の詠唱は完了した。

 馬の怪物にそれを見て慌ててヴッドゴーレムから口を放し、大きく嘶いた。


「満たせ。光よ!」


 私の自慢である独自魔法だ。

 威力、射程、持続時間。どれをとっても非常に強力な魔法だ。

 それにふさわしい魔力消費だが、私は魔導士の中でも桁外れの魔力量がある。


 こればかりは名門だった家に感謝だ。勘当されたけど。

 別に後悔はしてない。あの家にとって私はただの部品でしかなかったし。


 ゴーレムごと巻き込んで馬の怪物を光で貫く。

 最初に届いた光は嘶きによって霧散していくが、光はまだまだある。


 嘶きが終わるまで、撃ち続けるのみ。

 我慢比べの結果は、私の勝ちだった。


 灰にある空気が有限である以上、嘶きなんて何時までも続けられる筈がない。

 遂に嘶きが終わり、光が馬の怪物を貫いていく。


 動かなくなるまでずっと。


 魔法を撃ち終わり、動かなくなった怪物に近寄る。


 頭だけが千切れ、こちらを見ている。


「ころしてくれ」


 私はその言葉に頷き、火の魔法で止めを刺した。

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