第106話 アハバインの試練⑦ 共闘の後に

天剣の力の強さに向こうも気が付いたようだ。

今まで余裕綽々の顔をしていたのに、少しばかり顔が険しくなる。


少女と共に前に出た。


すると、四本腕が今までとは違って全身を大きく構えた。

まるで今までは手を抜いていたかのような仕草だ。


かなり威圧感が増す。

四本腕の全身の筋肉が引き絞られている。


「行こう」

「ああ」


少女の剣が先陣を切る。

六本の剣が舞うように四本腕へと躍りかかる。


手数では勝っている少女の剣だが、それを難なく捌く四本腕の技量は敵ながら素晴らしい。

だが、そこに俺の剣まで加わっても対処できるかな?


天剣を握りしめ、左に振ってから四本腕の腹に向かって一気に斬る。

四本腕のうち、斧とメイスを持つ腕が俺の剣を止めた。


腕一本では力負けしたからか、きちんと腕二本にしてきたようだ。

だが、そうすると残りの二本の腕で少女の猛攻に対処しなければならない。


剣と槍を持つ腕が少女の操る剣をひたすら弾くが、少女の剣が鉄壁だった防御を抜き始めた。


みるみるうちに四本腕の全身に傷が出来ていく。

浅い傷はすぐに再生されるが、それ以上の速度でダメージを与えればいい。


力を込めて剣を押し込む。

剣が少しずつ四本腕の腹に近づく。


「四本の腕があっても、まだ足りない様だな」

「おのれ、おのれ!」


四本腕は俺の方に顔を向ける。

目から光が灯った。

俺を焼くつもりか!


「それ!」


少女の剣が四本腕の文字通り目の前に移動し、光を弾く。


「助かった!」

「構わないさ!」


四本腕が後ろへと飛ぶ。俺はそれを追いかける。

相手は苦し紛れに剣を振り下ろしてきた。


それを回避し、天剣を振り上げて四本腕のうち、剣を持つ腕を斬り落とす。


「おおおおおお!?」


叫び声が響いた。腕の再生は即座には出来ない様だ。

残った腕は三本。そして少女の剣が残った腕に突き刺さった。


「やってくれ!」


少女の声を聴きながら一気に四本腕に近づく。

相手の体の大きさから頭と心臓を同時に狙うのは無理だ。


まず心臓のある部分を突き刺し、回す。

臓器を破壊するにはこれが一番効く。再生も時間が掛かるだろう。


四本腕の口から血が吐き出された。

間違いなく効いている。


剣を引き抜き、頭を胴体から切り離す為に飛ぶ。


少女は新しい剣を展開すると、二本を俺の足場に置いた。

良いアシストだ。


同じ高さまで来ると目が合った。

四本腕の顔が怒りに染まっている。


剣を横にして首へ振り抜く。

首に当たると、腕よりもずっと強い抵抗を感じた。


「人間になど、私が負ける筈がない」


そう言って四本腕は口を大きく開けた。


青い火が口の中で圧縮されている。

この火に焼かれれば命はあるまい。


両手に更に力を込めた。

硬い。硬すぎる。


少女の剣が俺の剣を後押しすると、少しずつ剣が首に差し込まれる。

これで仕留められなければ後がない。


歯を食いしばり、力を込め続ける。


そして青い火が眼前にませる瞬間、四本腕の首が飛んだ。

上を向いた口から天井に向けて青い火が放出される。


青い火は天上にあるシャンデリアを突き破り、屋根を超えて空に霧散していった。


剣を握る力も残っていない。


四本腕の胴体が倒れ込むと同時に俺も地面に座り込む。

ここまでギリギリの戦いは何時振りだろうか。


マステマとの戦いは意図的に窮地に陥ったが、今回は本当に危なかった。


残った胴体も動かないことを確認し、天剣を地面に落とす。


「痛いのですが」

「煩い。ようやく出てきやがって」


とはいえ、魔力がない現状では使うべき場面も限られる。

出てきたタイミングは完璧だったと言えるだろう。


少女が展開していた剣を仕舞い、こちらに近寄ってくる。


「助かったよ、君。私一人ではあのまま殺されていたかもしれない」

「ああ、構わんさ。俺の標的もあいつだったようだからな」


先ほどから試練が終了したという感覚がある。

身体が少しずつこの世界から消えていく。


「君は一体誰なんだい?」

「言っただろう。冒険者だ」

「そうか。……名前を言っていなかったね。私の名は――」


少女の声は途中で途切れた。

なぜなら、少女の腹から槍が突き出ているからだ。


「ぐっまだ生きていたのか?」

「いや、間違いなく仕留めた筈だ」


驚くべきことに、心臓を潰して頭を失った四本腕の胴体が動いた。

青い火が胴体を焼いていく。


そして、骨だけが残った。

骨となった四本腕が、頭と斬り落とされた腕を再びくっつける。


「アンデット化!? 自らの使徒をアンデット化したのか! どこまで腐っている!」


少女は血を吐きながら叫んだ。

俺は殆ど体に力は残っていないが、加勢しようとした。


だが、既に試験は終わっている。

光が俺と天剣を包み始めた。


「感謝するよ、冒険者。後は私がこいつを封印する」

「すまないな、最後まで居てやりたかったが」


強制的に移動させられるようだ。


少女が腕を天に掲げるのが見える。

大きな力を使うつもりなのだろう。


腹に穴を開けた状態でそんな事をすれば只では済むまい。

少女が力を開放し、四本腕の骸骨を近くの霊廟へと封印する。


それを見届けた瞬間、俺は移動した。

倒れ込む少女が視界に映る。


クソみたいな試練だった。気持ちよく終わらせないとは。









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