第105話 アハバインの試練⑥ 天騎士

 少女が立ち上がると、周囲に光を生み出して剣を展開する。


 6枚の剣はまるで天使の羽のようだ。


「時間を掛けすぎたか」


 四本腕は顔を少女に向ける。

 既にこちらには興味がないようだ。


「今一度倒せばよいだけだ。今度は息の根を止める。だがその前に貴様だ」


 顔を背けたまま槍を持つ腕をこちらに伸ばす。

 鋭い突きだ。

 剣を失った俺には防ぐ手段がない。


 この四本腕の腕力なら、腕で防御してもそのか貫かれるだろう。


 これは……死ぬ?


 ぞくりと、背中に不快な何かが這う感触がした。

 随分と久しぶりに味わう感触だ。


 槍がこちらに迫る。


 時間の流れが遅くなる気がした。

 既にほかの腕も動いている。避けても追撃で終わりだ。


 ……此処で死んだ場合、俺はどうなるのか?

 恐らく、無事でいられるとは思えない。


 冗談じゃない。

 こんな所で死んでいられるか。


「使え!」


 少女が展開した剣の一つをこちらに寄こす。

 瞬時に手元に届く。

 渡された光を束ねて生み出された剣を握る。


 槍は目の前だ。

 剣を全力で槍にぶつけ、僅かに軌道を逸らすことに成功する。

 どれだけ力の差があろうと、穂先に力が加われば軌道が逸れる。


 槍の数少ない弱点だ。


 左肩を少し切られながらも前に出る。

 間合いが離れていてはいくらでも追撃が来るからだ。


 四本腕のうち、剣が振り下ろされるのを間一髪で回避し、股の間を滑り抜けた。


 なんとか生きている。


 少女の方へ走り寄った。

 傷は大分癒えており、ボロボロになっていた服装も修復されていた。


「なんとか、立ち上がれる程度には回復した」

「それは良かったな。……勝てるか?」


 俺の質問に少女は少し黙る。


「残念ながら私の力はあれに少し劣る。ダメージも回復しきってはいないからね。私と君であれを上回らなければ二人仲良くおしまいだ」

「それは困るな。こんなところで死ぬつもりはない」

「その意気だ。私もまだ死ぬつもりはない。私があれを抑えるから、君がなんとか勝つ方法を見いだせ。これを返しておこう。これ以上は私には意味が無い」


 リエスのネックレスが渡される。

 ネックレスの効果で肩の傷が癒え始めた。


「やってはみるが……」

「やるしかない」


 少女が剣を展開して前に出る。

 足取りはしっかりしている。


 少女の周囲で5本の剣が宙に舞い、切っ先が四本腕に向けられる。

 右手を前に出すのと同時に、5本の剣が射出された。

 同時に四本腕も動く。

 少女は自分で戦うのではなく、剣を操る戦い方のようだ。


 四本腕がそれぞれの腕にもった武器で剣を弾く。

 斧で、槍で、剣で、メイスで。


 少女の言った通り、どれだけ剣で攻めようとも四本腕を止めきれていない。

 四本腕の力は強く、そして技量も高い。


 少しずつ距離が詰まっていく。


 すると、少女が四本腕に受け止められた剣の一つを爆発させた。

 轟音が王座の間に響く。


 下で聞こえた音の原因はこれか。


 少しだけ四本腕が怯む。

 だが、すぐに体勢を整えて前に出る。

 少女も剣を再び展開して抗う。


 この調子では確かに少女が負けて終わる。


 俺がなんとかこの力関係を崩さねばならない。


 四本腕に何度も剣で斬りつけるが、多少の傷はすぐに癒えてしまう。

 足を狙った攻撃は効果があるものの、ずっと斬りつける前に何かしらの武器が撃ち払うに来る。


 その繰り返しだ。

 久しぶりに無力感だ。


 だが、その程度の事は何度も味わってきた。

 だから俺はここにいる。


 人間ならば心臓がある位置を剣で貫く。


「邪魔だ」


 四本腕が振り返り、剣を上から振り下ろしてきた。

 それを受けるために心臓に刺した剣を引き抜き、振り下ろされた剣を受ける。


 受けた一瞬、両腕の感触が消えた。

 強すぎる衝撃に痺れたのだ。


 それでも何とか力を込めて相手の剣を止めた。

 だが、力の差は歴然としている。


 受け止めただけでも称賛に値する。


 少女が俺を助けようとするが、残った三本の腕が阻む。


「ここで死ねい」


 剣がゆっくりとこちらに迫る。

 その速度を遅らせるだけで精一杯だ。

 歯を食いしばって抗う。


 ……天騎士、か。


 相棒だなんだというなら、こういう時に傍にいるものだろうが。

 天剣さえあれば、まだ抗える。


 すると、手に持っていた光を束ねた剣に変化が訪れる。

 少しずつ、その形が変化していく。


 これは、この剣は。


 嫌というほど見覚えがある剣だ。

 ようやく俺の手に戻ったか。

 手に握った天剣が俺に反応した。



「ヴィクター。いくぞ」

「ええ、我が主」


 ヴィクターの加護が発動する。

 今の俺に魔力はない。

 天剣に魔力があるうちに決着をつける。

 短期決戦だ。加護は最大でいく。


 強烈な負荷と共に、全身に力が宿る。


 相手の剣を押し返し、弾いた。

 四本の腕全てならまだしも、腕一本なら今の俺には足りないぞ。


「その力はなんだ……!」

「お前が知る必要はない」


 俺が剣を構えると同時に、四本腕は一度大きく後退する。

 少女がこちらに走ってきた。


「君、渡した剣ではなくなっているが、それは一体?」

「切り札だ」

「そうか。見たところその状態は消耗が激しいようだ。一気に行こう。あれは耐久力が高い。心臓と頭を同時に潰せ」

「分かった」


 少女が6本の剣を展開し、俺は天剣を構えた。


 戦力の天秤が完全にこちらに傾いた。

 俺一人ならまだ足りない。

 少女だけでも負ける。


 だが、二人ならば勝てる相手だ。




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