第101話 アハバインの試練②

 リエス・ルインドヘイム。


 その名乗った少女は、強い意志の宿った蒼い目でこちらを見ていた。

 年はアーネラと同じ位だろうか。


 灰色に見えた髪は、少し光に照らされると銀色に輝いた。

 少し汚れてはいるが、着飾ったドレスに身を包んだ姿は見目麗しい。


 そして灰の国。やはり聞いたことがない。


 ここは天使が生み出した架空の世界の国なのだろうか?

 それとも過去滅亡した国なのか?


「とりあえずここから移動する。このままでは逃げ場もない」

「分かりました」


 俺の言う事にリエスは素直に頷く。


 ここに居ては危険だ。

 王女の部屋だというのは恐らく知られている。

 続々と兵士が押し寄せるのは目に見えていた。


「武器は貰っていくぞ」


 そう言って死んだ騎士の剣を拾う。

 安物の剣に比べれば雲泥の差だ。


 命を懸けて忠義を果たしたこの騎士に敬意を表して、この王女はきちんと逃がしてやる。

 俺の名に懸けてな。


 俺一人なら鎧も剥ぎ取っていくのだが、流石に王女の目の前で忠義を果たした騎士相手にそれは止めておいた。


「リエスは戦えるか?」

「多少の護身術は……、申し訳ありません。余り戦力にはなれないです」

「構わん。確認しただけだ」


 扉をそっと開けて周囲を確認する。

 先ほど話していた二人組の兵士が、下卑た顔をしながらこちらに向かってくるのが見えた。


 他は見当たらない。

 リエスを下がらせ、俺は剣を振りかぶって部屋からみて扉の左に待機する。


 二人組の兵士が扉を開き、部屋の中に入った。


「なんだ、他の連中はやられちまったのか?」

「相打ちってとこか。良いじゃねぇか。めんこい王女様も居るしよぉ」


 兵士たちが数歩ほど進んだところで後ろを取る。

 敵地で部屋に入るときは、まず左右の確認は当然の義務だ。


 そうしないと、こうなる。


 振りかぶった剣を下ろし、肩から袈裟切りに。絶命した瞬間消えていく。

 まず一人。


 剣を引き抜く間に慌てふためくもう一人の兵士の股間に蹴りを入れる。

 悲鳴を上げて兵士は地面に倒れ伏して患部を押さえる。


 後は簡単だ。止めを刺すと、やはり消える。


「手慣れてらっしゃいますね」

「人間相手は本業ではないがな」

「普段は何を?」

「冒険者だ」


 リエスは俺の手際に感心していた。

 魔導士とも名乗ろうとしたが、今の体では魔法は使えない。


 兵士二人を始末して廊下に出る。


 喧噪の音は大分収まっていた。

 リエスはやはり不安があるのか、周囲を見ている。


「どこに向かえばいい?」

「一階に王族しかしらない通路があります。そこからなら出られる筈です」

「なるほどな」


 ありがちな話だ。

 帝国の城にも恐らく似たようなものがあるだろう。


 リエスを連れて移動する。


 宝物庫などに集まっているのか、入る際に見た兵士の割に出会う数が少ない。


 偶に出会う兵士は即始末する。


 俺が殺すと死体が消える。それがこの世界そのものが現実ではないと知らせるのだ。

 だが、その光景にリエスは違和感を覚えない様だ。


 その当たりは天使が上手く調整してあるのだろうか。


 一階まで降りて、リエスの指示に従って走る。

 リエスは少し息を切らしつつも良くついてきていた。


「もう少しです。この先の突き当りを右に行けば……!」


 言われた通り、右に行く。


 すると通路が行き止まりになっていた。

 この先に隠し通路があるのだろう。


 問題は、一人の男が居る事だった。

 兵士の姿をしてはいるが、少し様子がおかしい。


「匂うな。ああ、匂う」


 リエスを俺の後ろに下がらせて剣を握る。


「獣の匂いがする。臭くてたまらない。お前もそう思わないか?」


 振り返った男は、しかし俺達を見ていなかった。

 何処か虚空を見ているようだ。


 だが、確実に俺達を認識をしている。


「ここは獣ばかりだ。貴様もその隣の女も、どうせ獣なのだろう?」

「俺達は人間だ。獣じゃない」

「人間?」


 男は手に持ったギザギザの鉈を壁に叩きつけた。壁が大きくへこむ。

 その表情は見る見るうちに怒りで歪んでいく。


「ああ、ああ。人間こそ、獣だろう。救済が必要なのだ。皆、救われればいい。私が救おう。獣も死ねば人間に戻れるのだ」


 どうやら正気を失っているようだった。

 この男を倒さなければ、リエスを逃がすことはできない。


 なるほど、これは試練のイベントという訳だ。


「リエス、下がっていろ」

「分かりました。ご武運を」


 リエスが下がり、鉈の男と対峙する。


 他の兵士とは違い、かなり体格が大きい。

 目が血走っているが、しかし怒りに身を任せないだけの冷静さもある。


 間違いなく歴とした戦士だ。


 鉈にはおびただしい血がこびりつき、滴っていた。


「我が神を崇めるのだ。皆共に永遠を生きよう」

「……一つ言っておこう。永遠を与えると言ってきた連中は皆、嘘つきだ」

「獣には、難しかったな。死体になれば分かる」

「死んだ後に永遠に生きるってなんだよ」


 理論が破綻している。

 だが、鉈の男は気にもしていないようだった。


 狂っているのだ。思考も信条も何もかも。

 或いは、狂わされたのか。


 この男の言う神は碌な神ではあるまい。


 鉈の男がゆっくりとこちらに近づく。

 足取りと構え、そして体格。


 見れば分かる。相当な実力者だ。

 現状の俺が無傷で勝つのは難しい相手だが、負けるつもりはない。


 姫様を守る騎士、か。

 物語だけの話だと思っていたぜ。


 鉈の男が駆けだすと同時に俺も剣を握りしめて走った。

 剣と鉈がぶつかり、火花が散る。

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