第102話 アハバインの試練③
鉈の男は凄まじい膂力で俺の剣を弾く。
鉈のギザギザの刃が剣の表面に傷を付ける。
安物の剣のままならおそらく数合でへし折られるだろう。
あの刃はソードブレイカーの役割も兼ねている。
騎士の剣を借りてきて正解だった。
鉈の男は言動も行動も狂っているようにしか見えないが、しかし戦闘に関しては冷静そのものだった。
普通こういう人物は力任せに襲い掛かってくるものだが、血走った目でこちらの動きを観察している。
何度か切り結び、距離をとる。
強い。
名のある兵士だろう。
「その女は確実に殺さなくては。邪魔をするな。その格好は我々と同士ではないのか?」
「生憎と、そうはいかない」
助けると決めた以上は助けるだけだ。
それにこの格好は俺が決めた訳じゃない。
「獣に惑わされたか? だがお前からも獣の匂いがする。異教徒なのか」
鉈の男がこちらに歩き始める。
足取りはゆっくりとしているが、力強い。
「ああ、なるほど。お前らの宗教は他の宗教を迫害する訳か」
「違う。浄化だ。これは必要な事なのだ」
「それをされる方は大迷惑なんだよ!」
俺から剣を振るう。
左から横に振るった剣は鉈に弾かれる。
弾くのが上手い。
ただの力自慢なら楽なのだが。
少しだけ生じた俺の隙を見逃さず、鉈の男が小さく鉈を振るう。それも足を狙ってきた。
後ろに飛んで躱すが、少しだけ掠った。
鎧がない部分で少しだけ血が滲む。
「少しの傷なら私が!」
リエスが後ろで叫ぶと、傷が癒える。
どうやら神官の能力があるようだ。
「助かる」
一言礼を言っておく。
すると、鉈の男が忌々しい目でリエスを見た。
「忌々しい光だ……獣である証」
恐らく治療行為そのものが鉈の男の気に障るのだろう。
もはや病的な反応だ。
この男の頭の中は一体どうなっているのか。
気にはなるが知りたくもない。
もはや俺とリエスを完全に目の敵にしている。
今から逃げてもどこまでも追いかけてくるだろう。
俺の剣と鉈が何度もぶつかる。
鉈の攻撃を弾く。だいぶこの変則的な武器に慣れてきた。
お互い大振りはせず、確実に相手を追い詰める戦い方だ。
俺は冒険者としてだが、この鉈の男は少し違うように感じる。
「お前のような兵士がいるなら、目に付いた筈だ」
「褒めているのか?」
「そうだとも。獣のまま殺すには惜しい。今一度我が神に忠誠を誓うのだ」
「断る」
「そうか」
振りかぶった鉈を回避した。
「お前が一体何を考えているのかは知らないが」
剣を握る手に力を込める。
「女に手を上げるのは感心しないぜ」
筋肉が軋む。
鉈を今までよりも大きく弾く。何度もだ。
鉈の男もより強い力で応えてくる。
力は向こうの方が上だが、俺はそうした相手を何度も倒してきた。
鉈の男が全力を出して鉈を振りかぶるを確認し、その攻撃を弾くのではなく横に避ける。
血走った目が俺の動きを追ってきた。
だが、力を限界まで込めるとどうやっても隙が生まれる。
それをあえて誘ったのだ。
避けた後、すぐに構えた剣で鉈の男を突く。
鉈の男は左腕で防御する。
踏み込みが足りん。左腕に阻まれて少し浅かった。
出血はさせたが、決定打には遠い。
しかし左腕を怪我した事で、もはや全力は出せない。
俺は全力で剣を振りかぶる。
そして力に任せて振り下ろした。
鉈の男はそれを鉈で受けるが、右腕だけで受けれるほど甘くはない。
怪我をした左腕を添えて止めてきたが、それは傷口を開く行為に他ならない。
鉈の男の血が地面に滴る。
「我が血は我が神に捧げられるものだ」
「なら、戦うのを止めて治療に行ったらどうだ」
「断る」
更に力を込める。
少しずつ、鉈を押し込む。
鉈の背が男に触れそうになる。
あと少しで剣が届く。
そこで鉈の男と目が合う。
俺を見ているようで、しかしそうではない。
この男にしか見えない何かが見えているのだろう。
そしてそれはきっと碌でもないものだ。
ここで終わらせてやった方が良い。
例えこの世界が仮初だったとしても。
そう思った瞬間、鉈の男の力が一瞬だけ強まった。
剣が押し戻され、鉈の男が後ろに飛ぶ。
この男は強い。今ので仕留めたかった。
「我が生は、神に捧げた。獣が我が妻と子を殺した日に誓ったのだ。獣を残らず刈り取ると」
鉈の男がそう言うと、ふと懐から瓶を取り出す。
そしてその中身を一気に飲み干した。
(鎮痛剤か?)
そう思ったのもつかの間、鉈の男の全身が震える。
「神の息吹を感じる……ああ、感じるぞ」
恐らく、何かの薬だ。
血走っていた目から光が消える。
正気を失う成分が入っているのだろう。
「――――!!」
声にならない声が空間を響かせる。
後ろのリエスが腰を抜かしたようだ。
鉈の男の左腕は出血が止まっていた。
筋肉で出血を止めている。
なんという力業だ。本来は痛みも相当なものだが、ああなってはそれも感じないのだろう。
だがそれは間違った選択だ。
俺は冒険者。化け物を退治するのが仕事だ。
多少力の差が広がっても、むしろこうなった方がやりやすい。
冷静さは鳴りを潜めるからだ。
鉈の男にもはや先ほどまでの慎重さがなく、凄まじい膂力でただ力ずくで振るわれる鉈は一度でも直撃すれば死に至る。
それを見極め、かわし、弾き、前に出る。
これが出来るかどうかが分水嶺だ。
そんな嵐のような猛攻をかいくぐり、俺は鉈の男の胸に剣を突き立てた。
そしてそのまま強引に壁に縫い付ける。
心臓をついても即死する訳ではない。
動かなくなるまで気を抜かずに仕留める。
最も怖いのはこの瞬間だからだ。
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