第83話 魔導士兵、到着

 結界の外にいる魔導士兵は合計50人ほど。

 何かを話した後に、半分ほどが散開した。


 セピア、マステマと共に学園の入口に向かう。

 歩いている途中で学園の結界の上からもう1枚結界が張られる。

 これの為に散開したのか。


「閉じ込めるつもりだ……」


 セピアが絞り出すような声で言った。

 まあ妥当な判断だ。ようやくまともに話せる相手が出てきたかと安堵する。


 帝国でも似たことをするだろう。軍隊で囲むか結界で囲むかの違いでしかない。

 近づくと向こうもこちらに気付く。


 魔導士兵達は学園の教官やら生徒たちとは違い、全身に鎧を装備していた。

 軽く、しかし強度はある素材なのはすぐ分かった。


 空を飛ぶ必要のある魔導士としては、金が掛かってもそうせざるを得ない。

 学園の魔導士達は魔導士としての格好だが、彼らは戦争の為の魔導士だ。


 おそらく争いになれば学園の魔導士達が一方的に負けるだろう。

 この国の主な戦力は彼等だ。


 魔道国に対しては地の底にまで落ちていた評価を少しだけ上げる。

 1人1人はセナに劣るが、恐らく犠牲を出しつつも勝てる位の戦力はあるな。


 指揮官と思わしき人物が一歩前に出て、副官らしき人物が脇に付く。

 統率もとれている。


「そこで止まって頂きたい」


 セピアはその声で足を止める。

 門まであと数歩のところだ。

 指揮官の男は兜を脱ぐ。


 歴戦の戦士といった風貌だった。


「セピア・スレードゲミル学園長。これはどういう事か。報告とは随分と違うようだ」

「ガッサイ隊長殿、これは……だな……」


 セピアが言葉に詰まる。

 どう言ったものかを考えているのだろう。

 頭は良い筈だし、先祖たちの記憶があるならば言いようはある筈だが。

 やはり経験が足りていない。


 こういう時は堂々としなければ疑いはより強まる。


 まあ気持ちは分かるがな。


 地獄の門が開いて魔王と会いました、なんて正直に言おうものなら即処刑。

 生徒が生徒をゾンビにしました。被害は沢山です。私は止められませんでした。なんて自分からは言えない。


「報告では事態は収拾しつつあるので、少し時間が欲しいとあった。しかしその日のうちに学園の結界が発動。これは由々しき事態だ。分かりますね」


 ガッサイという男は1人だけ他と違い赤いマントを付けている。

 それなりの立場なのが見て取れた。


「あの、その」


 たいしてセピアは完全に委縮している。

 普段ならもう少しマシなのだろうが、色々あり過ぎて取り繕うのも難しいのだろう。


 ガッサイはあからさまに溜息を付いた。

 同情するよ。そっちにな。


 すると、ガッサイがこちら見る。


「君は?」

「魔道学園の生徒だ。こいつも」


 マステマが手を振る。

 ガッサイはそれをスルーした。


 この中で一番ヤバいのはそいつだよ。


「格好を見ればそれは分かる。なぜセピア学園長と来たのかと聞いているのだが」


 ガッサイは極めて理性的に言う。

 内心は何が起きているのか気が気でないのだろうが、それを出さずにいる。


 怒鳴っても事件は解決しないという事を良く知っているのだろう。


「中で起きた事件の解決を手伝っていたんだ」

「……生徒が、か。確かに魔力はあるようだがね。では中で何が起きたのか教えて頂きたい。今のままでは誰も外には出せない」


 マステマがその言葉に反応する。

 悪魔は閉じ込められるのを嫌う。

 マステマがムッとして進もうとしたのを手で静止した。


 セピアはこっちを見ており、完全にこっちに投げている。

 責任者はお前だろ、と言いたいがそれでは話が進まないだろうな。


 ふむ。状況を整理する。

 幸か不幸か、俺は全体像が見える位置に関わっているので説明は可能だ。


 参考にするべきは……皇女様だろうな。

 あの女ほど口が上手い人間は居ない。

 皇族でなければ一杯食わせたいくらいに。


 なるべく真実を伏せつつ、かつガッサイを含めて魔道国が納得し、セピアがなるべく罪が軽く……はいいか。


 あまり時間をかけてもいけない。

 学園内では怪我人も出ているだろうし、救援が必要だ。


 学園内の指揮系統はもう機能していないので、それを行うにはガッサイの協力が居る。

 上手く纏めるカバーストーリーは……。


「悪質な魔法を使った魔道学園に対する攻撃があった。テロだ」

「ふむ。悪魔召喚が行われたわけではないと?」

「あれは目くらましだ。悪魔召喚は僅かでも痕跡があればどの国でも大騒ぎになる」

「確かに。実際我々もそれは考えた。犯人は呆けていて話も出来なかったからな。だが、学園長が居ない間は教官が警備に当たっていたはず」


 完全武装でこれだけの数がすぐに出動してきたのは、それが理由か。

 初動にしては随分と戦力があると思った。


 セナやエヴァンスがもし生きているうちに突入されていれば、終わりだったな。

 セピアの命が。


 チラッとセピアを見ると、もはや泣く寸前になっていた。

 ええい、こっちを見るな。


「その教官が内通していた」


 ガッサイはセピアを睨みつけた後に右手を頭に添える。

 分かるよ。受け入れがたいよな。


「……だから反対だったのだ。いくら名門スレードゲミル家の才能ある才女とはいえ、子供に学園長をさせるなど」

「うぅ……」


 セピアは反論できずに俯いていた。


 どうやらガッサイも思うところがあったようだ。

 反対という事は、この男もそれなりの家の出身か。


「学園にもつ権益をごり押しした結果がこれか。セピア学園長。貴女も、貴女の家も責任は重いですよ。中はどうなっているのですか」

「鎮圧済みだ。首謀者を殺したらテロに使われた魔法の効果が消失したのは確認している。だが怪我人がそれなりにいると思う」

「……名前を聞いていなかった。聞いても?」


 さて、伝わるかな?

 今回は伝わった方が楽だと思うが。


「天騎士、アハバイン・オルブストだ」

「マステマ・オルブストー」


 名前を伝える。

 ガッサイは初めて驚きを顔に出した。


「お名前はかねがね。なるほど、高名な冒険者が協力してくれたのか」


 伝わったようだ。天騎士と名乗れば伝わるのは、俺が成り上がった最大のメリットかもしれないな。


「話は積もるほどあるだろうが、一先ず学園内の救援をして欲しい。怪我人が出ている」

「……分かった。おい」


 ガッサイが副官に指示すると、結界の一部が開いて待機していた魔導士兵が突入した。


「ひとまず確認と救援を行う。それまでは申し訳ないがこのまま待っていてくれ」

「分かった。ああそうだ、この場所に関しては突入せずに声をかけるだけにしてくれ。侵入者を排除する仕掛けがあってそれで身を守っている」

「ふむ?」


 ガッサイは不思議な顔をしたが、とりあえず聞き入れてくれた。

 元帝国最強の冒険者という名声が役に立っている様だ。


 今迂闊にあの迷宮に入ると、危ないからな。



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