第84話 しばし待機することになる

 魔導士兵たちは追加の人員を連れてきて、門の手前で簡易的な救護小屋を用意する。


 セピアが学園内に事件は終了したことを放送で伝え、全員に校門に集まるように指示する。

 助けが必要な際は魔導士兵が救援に向かっているので、見える様に外に出るか、風の魔法で助けを求めるように、と。


 ぞろぞろと生徒たちが校門に集まってくる。


 魔導士兵たちは結界に通り道を作り、生徒たち1人1人を確認して門の外に出す。

 外に出た生徒は怪我をしていれば治療を受け、担架で運ばれるような重症ならば病院へ送られる。


 問題のない生徒は避難所として指定された建物に移動する。

 皆疲弊しており、泣いている生徒も居た。


 ただ生存者は思ったより多い。

 最悪半分くらいは死んだか変異してしまったと思っていたのだが、生徒とは言え魔導士、という訳か。


 生徒以外の者も入口に来ている。


 少し遅れてノエルやアーネラが合流した。

 無事に避難できたようだ。

 疲労はそれなりにあるようだが、見たところ特に怪我などもない。

 

 決闘を申し込んできた上級生たちもいる。

 こちらも何人かは怪我はしている様だが命に別状はない。


 クローグス、ルリーゼも無事のようだ。


 怪異がゾンビ生徒の侵入を防いでくれたのだろう。

 ルコラどころか、セナですら倒せる位には強いから当然だ。


 ガッサイがこちらに向かってくる。

 セピアは……使い物にならないな。仮面をかぶる気力もない様だ。


 少女には刺激が強い出来事が続きすぎた。仕方がないのかもしれない。

 本来なら後見人の1人でも居るべきだ。


「アハバイン殿、我々の仕事は今日はこのまま救助と移送で終わる。申し訳ないが学園内で待機して頂きたい。重要参考人として扱わせてもらう。勿論お連れの方とセピア学園長も」


 そうなるよな。

 仕方がない。犯人扱いされるのならば話は別だが、ガッサイの様子からその恐れは今の所は無いようだ。


「それじゃあ学園内の家に戻らせてもらう」

「承知した。場所は……なるほど。学園内の全ての確認をするまでは申し訳ないが」

「分かってるよ。ただ食料は持ってきてもらいたい。この通り人数もいるんでな」


 俺を含めて4人だ。


「私も泊めて欲しい。一人で学園長室は怖いんだけど」

「……はぁ」

「うぅ、溜息つかないでよ」


 5人だ。備蓄もあるとはいえ、とても足りない。


「纏まってくれるのはこちらとしても助かる。食料は用意させる。では失礼」


 ガッサイはそう言うと、飛空の魔法で学園内の見回りに参加した。


 魔導士兵たちが入れ代わり立ち代わり到着する。

 一緒に連れてきているのは、怪我をしている生徒や学園内で仕事をしている人々だ。


 ここに居ても仕方がない。

 家に戻る事にした。


 マステマは魔王に会えたからか機嫌は良いようだ。

 先ほど一瞬むっとしていたが、何時でも出られる程度の結界では自分は閉じ込められないと思いなおしたのだろう。


 セピアもとぼとぼと付いてくる。

 肩を落とし、可憐な容姿はしかし疲れ切っていた。

 つい先日まで、この学園の頂点に立っていた姿とはとても思えない。


 いや、違うな。そもそもセピアは頂点になど立ててはいなかった。

 ただ学園長の肩書があっただけだ。


 悪いのはセピアか、セピアに学園長をやらせた大人か。

 セピアの将来は暗いものになるだろうが、聞けばこの国の名門らしいしどうとでもなるだろう。


 ……そういえばセピアの一族は誰も来ないな。

 この学園に利権があるなら真っ先に飛んできてしかるべきだが。


「なあセピア」


 面倒なので学園長は省く。

 学園が何事もなく再開するとも思えない。


「なに?」

「お前の家族は誰も来ないのか? この学園はお前の一族が管理しているようだが」

「……来ないと思う。あの人たちは」


 セピアは顔を伏せる。

 訳有りか。貴族だの名門だのはこれだから嫌なんだ。

 権力や利権と共に、面倒な事がしがらみの様に絡みついている。


 子供がしょげるなよ。全く。


 家に到着する。


「おー、あの呪われた家が良くここまで綺麗に」

「大変だったんだぞ。押し付けるにしてもこんな家を選ぶとは」

「天騎士なら平気だと思ったの。それに広い家が良いでしょ」


 確かに広い。

 入口の扉を開けてセピアを招く。


「お邪魔します……」


 セピアがおずおずと入る。

 ノエルとアーネラに、とりあえず簡単な食事を用意させることにした。

 疲れているところ悪いが、もう一仕事してもらう。


「人の家に初めて入ったかも」

「どういう生活をしていたんだ」

「えと、学園長になる前はずっと魔道の研究。受け継いだ記憶の慣らしもあったし。学園長になったらずっと仕事ばっかりで学園長室にこもってた」


 暗い青春である。その辺の町娘の方がよほど楽しい時間を送っているだろう。


 それにそんな生活であれば、人間関係の機微が分からなくて当然だ。

 セナやルコラはさぞやりやすかっただろうな。


 簡単に言いくるめられる権力だけはある少女。

 カルト集団が勢力を伸ばすなら間違いなく狙われる。


 今回の事は起きるべくして起きた事件という訳だ。


 ノエル達が食事を用意する。

 スープとパン。それに野菜と肉を炒めた一品だ。


 さっと用意する手際には感心する。

 それでいて味も良い。


 5人揃って食事を食べ始める。


「美味しい……」

「ありがとうございます」

「確かに美味いが、そんな感動するほどか?」


 セピアは少し食べただけで表情が明るくなる。


「いつも冷たいパンか何かを食べていただけだから、暖かい食事は久しぶり」


 後ろでマステマがパンとスープをお代わりしている。

 おかずはもう食べてしまっていた。


 セピアも慌てるように食べる。

 食事のマナーは習得しているようで、上品さは損なっていない。


 セピアもスープだけお代わりしていた。


 子供が2人。

 ノエルとアーネラはそんな2人を見て親しみを感じているようだ。


 俺に子供は居ないのだが。

 



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