第82話 魔王、お帰りになる

 デモゴルゴンは申し出を断られると、少しだけシュンとした。


「地獄は良い男が居ないんだよね」


 知らん。


「悪魔はねぇ、契約を守る事が勿論第一なんだけど、娯楽とか気持ちいい事も好きなんだよね。マステマを見ていたなら分かるだろ?」


 そういえば、金に困らない自由人みたいな生活をしていたな。

 その金を出していたのは俺だが。


 知識欲に、好奇心に、グルメに。

 悪魔は金が無いととても養えないだろう。


「本当ならボクも君の所でだらけた生活をしたいんだけどね」

「勘弁してくれ」

「アッハハハ! 残念残念。ま、歓迎するから君がこっちにおいでよ。お土産も忘れずにね」


 魔王自ら地獄ツアーへの御招待か。

 興味が無いといえば嘘になるが……。


「アハバイン。その時は案内するね。私が案内すれば安全快適」


 マステマも乗り気だった。

 地獄では名のある悪魔だったなこいつも。


「いずれ、な。そういずれ」


 出来ればそのいずれは来てほしくない。

 平穏な日々が良いとは言わないが、余りにも激動な日々もどうかと思う。


「今回はこれで帰るよ。悪魔側から門を開くことは基本的には無いと思っていい。裏道も無くはないし、魔王未満の悪魔なら召喚される事もあるだろうから、人間側の不始末は人間側で頼むよ」


 尤もだった。

 短期間の間にこれで2度目だ。

 天使召喚まで含めれば3度目。


 頭が痛くなる。流石にこれで終わりだと思いたい。


「世界への浸食に関しては特に注意してね。マステマほどの悪魔も防げたなら大丈夫だろうけれど、浸食が進みすぎるとボクでも悪魔全部は抑えられないから」


 門のような限られた入り口ではなく、浸食によって世界に穴が開くのは困るとのことだった。


「聞き忘れていたんだが、デモゴルゴン。お前が恐れていたことが起きるとどうなるんだ?」


 悪魔が地上に顕れると謎の存在が関わってくるらしいが、具体的にどうなるのか。


「アレが願うのは世界の存続だ。その為なら大陸ごと原因を消し飛ばすくらいはすると思って欲しい」


 ちなみに、とデモゴルゴンが付け加える。


「アレは外からきた神も邪魔なら滅ぼすくらいに強い力があるから、現れたら終わりだと思って。多分創世王並の力がある。ボクでも勝てないくらいのね」


 もっとも古く、この世界を作ったという神。

 創世王に等しい力がある、か。


 創世王そのものは、役目を終えた後に眠りに就いただの新しい世界へ移動しただのと言われている。


「それはもう神そのものではないのか?」

「ふふ。だよね。でもアレは自分が神様だと思ってないだろうね」


 そこまで話すと、デモゴルゴンはもう一度だけマステマの頭を撫でると門へ向かう。


「門は閉じておく。それじゃあまた会おうね。アハバイン、マステマ」

「ばいばい。魔王様」


 手を振りながらデモゴルゴンは門の中へ消えていき、門が閉じる。

 閉じられた門はそのまま崩れ落ちて消えてしまった。


 あっさりとデモゴルゴンは居なくなった。

 最大の危機は去った、と思いたい。


 セナは犬死だな。悪魔だの魔王だの、人間がどうこうできる相手ではない。

 それを理解していなかったのが悪いのだ。

 まっとうな生きる人々を見習えば良かった。


「良かったのか、帰らなくて」

「うん。今はアハバインのところに居たい」

「そうか」


 好きなだけ居れば良いさ。俺もマステマの頭を撫でる。

 こいつを引き取る事になったのも何かの縁だ。


 それに、実際苦労するのはノエルとアーネラだからな。


「ん、くすぐったい」


 マステマはそう言いながらもじっとしていた。


 その後気持ちよさそうに寝転がっているセピアを起こして、ヴィクターと共にデモゴルゴンが帰った事を伝える。


 セピアは全く記憶が無いらしい。多分覚えているだけで危険な相手だったんだろう。


 ヴィクターに関しては、少しばかり俺は評価を下げた。

 共に戦ってきた相棒だと信じていたのに。


「その割には余り扱いが良くないような。それに仕方ないでしょう……ただの天使、それも核しかない私と魔王の中の魔王では話になりませんよ」


 現実的な天使だ。俺と気が合う訳だな。


 入ってきた入り口が無い。どう出たものか考えていると、世界が揺れ始めた。


「門が消え、セナも死んだことで、この世界が保てなくなったんだろう」


 セピアがそう解説した。

 俺の腰を掴んでいなければもう少し威厳があったのだが。


「狭間が消える。人間の世界に戻るよ」


 マステマも状況は把握できている様だ。

 赤い空にひびが入り、岩しかない地面が割れる。


 魔女が作り出した世界が崩壊していく。


 地獄で好きなだけ悪魔と会うが良いさ。セナ・イーストン。




 世界が崩れ、真っ黒な風景が見えた瞬間、俺達はセナの部屋に立っていた。

 セナの死体と、俺とマステマとセピアだけだ。


 窓から外を見ると、ゾンビ生徒たちが灰になっていく。

 どうやら事態は解決したようだ。


 どちらかと言えば、問題はこれからなのだが。


「と、とりあえず皆に連絡しないと」


 セピアもそれは分かっているようだ。

 だが、残念ながらそれはもう少し後だ。


 多くの魔導士がこちらに飛行しながら向かってきているのが窓からでも見える。

 魔道国の正規兵だろう。セピアを呼び出してすぐ事態が急変したから随分慌てているだろなと思った。


「あわわわ」


 魔導士の集団を見たセピアは、もう仮面をかぶる余裕もない様だ。


「お前が代表なんだ。ほら、学園長。出迎えろよ」

「やだ……せめて付いてきて」

「俺はただの生徒なんだけどな」

「お願いだから! 私一人だと絶対不味い事になる」


 魔道学園はほぼ崩壊してしまった。

 生徒の犠牲者は現時点では不明だが、少なくともゾンビと化け物の数だけ居る。

 加えて悪魔召喚未遂。地獄の門に関しては向こうには漏れていないとして。


 監督責任だけでも想像したくない内容だ。

 学園長の墓でも用意しておいた方が良いかもしれない。


 魔導士達が学園に張った結界の外側に到着した。

 時間が無い。


 全く。扱き使われるのは皇女様相手だけにしてほしいものだ。


 セピアに付いて行く。

 俺も随分と人が良いな。


 まぁ、どうなろうと最悪の場合は奴隷二人を回収してさよならさせてもらうが。




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