第80話 天騎士による魔女狩り

 ヴィクターの加護により、俺の能力が急激に上昇する。

 以前は最低限の加護でようやく耐えられるかどうかだったが、今ではそれなりに耐えられるようになっていた。


 魔力総量の上昇と、それに伴う身体の強化。

 セナはそんな俺を見る。


「噂には聞いていたけども、実物を見ると凄まじいね。君で実験すればきっと悪魔化できるだろう」

「全くもって余計なお世話だ」


 ただでさえ家に手間がかかる悪魔が居るのだ。

 俺まで悪魔になってどうする。


「というか君、既に悪魔と契約しているのか。まあ当然だね」

「何の話だ?」


 確かに世話はしているが、何かしらの契約は結んだ記憶はない。


 そこまで話して、セナの時間稼ぎに付き合わされている事に気付く。

 話は終わりだ。俺は天剣を構える。


「君とはもう少し話したかったのだが、門が開くまでね」


 そう言ってセナは浮遊し、遠距離から魔法を撃ちこんできた。

 アウトレンジからの一方的な攻撃。

 戦士に対して魔導士が採る最も一般的な方法だ。


 ヴィクターの加護は残念ながら防御までは再現できない。

 マステマやヴィクターに聞いたことがあるのだが、どうやら俺が人間を辞めないと再現できないらしいのであきらめた。


 空の領域というやつだろう。

 俺は別に興味が無い。戦士はひとまず結果が出たから魔導士になりたいだけだ。


 天剣に魔力を集めて魔法を弾く。

 あらゆる魔法が飛んでくるが、天剣を展開して強化している俺からすればどれも弱い。


 問題はセナをどう捉えるかだ。


 門はゆっくりと開いているので、何時までも時間はかけられない。

 浮遊の魔法は俺も習っているのだが、普通に使っては先達であるセナに追いつけないだろう。


 だから出力を上げることにした。

 大まかに方向を定め、浮遊の魔法を使うのと同時に一気に地面を蹴る。

 浮遊ではなく、滑空の如く空を飛ぶ。


 セナはそんな俺を見て一気に高度を上げた。

 火剣を抜いて魔力を通した後、セナに投げる。


 白化した火剣は、もはやそれ自体が強力な武器だ。

 それを今の俺の力で投擲すれば、強烈な威力になる。


 セナは咄嗟にいくつもの結界を展開するが、投擲した火剣は悉くをぶち破る。

 最後の一枚で軌道を逸らし、セナの左腕を少し焼いて終わった。


 十分だ。セナの左腕はだらんと下がる。

 あれでは使い物にならない。


 投げた火剣が地面に落ちてくるまで時間が掛かるだろう。


「なんて威力だ、呆れた。いや当然か。上級悪魔と正面から戦うような頭がおかしい人間だったね」

「失礼だな、お前」


 やりたくてやっている訳じゃない。

 準備を常にしているだけだ。


 セナは再生を試みるが、傷痕は火剣に焼かれており回復しない。

 傷をえぐり出さなければならないが、流石に躊躇しているようだ。


 人の身体は好き勝手するのに、自分の身体をえぐるのは怖いらしい。

 随分と勝手な奴だな。


 門が更に開いた。


 一度地面に降りて、セナへ向かって飛ぶ。

 セナは右腕をこちらに向けて魔法をひたすら放ってくるが、天剣を全て弾き落とした。


「本当に冒険者かね。君は」

「そうだよ。帝国最強ってつくただの冒険者さ」


 今なら魔導士見習いも付く。

 肩書ばかりが増えるな。


 皇女様が聞いたら笑って馬鹿にしてきそうだ。

 喜んで二つ名をつけるに違いない。


 天騎士は比較的まともなものだったが……。

 いやあれは教会由来か。


 俺の剣に弾かれるセナの魔法が弱い訳ではない。

 やはりカスガルがおかしいのだ。


 カスガルの魔法ならば、おそらく全てを弾けない。

 しかもあいつの得意な火の魔法は、何故か青いのだ。


 そして一発一発がセナの比ではなく重い。


「衝撃の壁よ、阻め」


 セナが空間ごと俺を衝撃の魔法で押す。

 なるほど考えたな。


 点では弾かれるから面で攻めてきたか。

 見えない壁が俺を阻み、地面に押し返そうとする。


 空いた左手で見えない壁に触れる。

 空気が固まっているような不思議な感覚だった。


 手の平を密着させ、押し込んでくる見えない壁に浮遊の魔法で抵抗する。


 セナの魔力量は俺よりも多い。

 悪魔への信仰により魔法自体も強化されているようだ。

 

 浮遊の魔法だけでは押し負ける。

 

 だから俺は壁を左手で握った。

 衝撃の魔法とはつまり、魔法で空気を固定化する魔法だ。

 

 属性的には風に位置する。

 

 空気を掴むことはできないが、固定化されていれば話は変わる。

 

 左手の握力が衝撃の魔法の硬度を上回ると、ヒビが入る感触があった。


「嘘だろ君……」


 セナの表情が引き攣る。

 衝撃の魔法による壁が、力によって砕け散る。


 セナは急いで再び浮遊の魔法で俺から距離をとろうとしたが、逃げた方向はセピアが居る場所だ。


 少しくらいはあいつにも花を持たせてやろう。


 ヴィクターに抱えられたセピアが、セナに向かって両手を向ける。

 するとセナの上部で巨大な氷塊が出現した。


 同時に逃げられない様にセナの周囲を雷の檻が囲う。


「くそったれー!」


 セピアの渾身の叫びと共に、セナへと氷塊が落下した。

 セナは上空に向けて結界を張るが、質量に押し負けて地面へと落下していく。


 セピアの魔法とセナの結界は拮抗している様だ。


 セピアが凄いのか、セナがイマイチなのかは分かりかねる。

 落ちてきた火剣を掴み、地面に降りた。


 そしてセナの元へ歩く。


 セナは氷塊を何とか押しとどめているが、余裕は無さそうだった。

 恐らく使えるのが片腕だからだろう。


「門を閉じろ」

「いやだね」

「そうか」

「……なぜあれだけ門が開いても、悪魔が誰も来ないのかね」

「知らん」


 門は既に半分開かれている。

 だが、そこから何かが現れる様子はなかった。


 火剣を振りかぶり、セナへと向ける。


「私を殺しても門は――」


 それがセナの最後の言葉だった。セナの首が落ちる。

 魔女と言えど、首を落とせば死ぬようだ。



 セナの最後の言葉。こういう奴は後始末を考えない。

 王国で出会った悪魔信奉者もそうだった。


 その頭脳と力をもう少しまともな事に使えないものか。


 ヴィクター、セピアと共に門の前に立つ。


 門は黒く大きかった。

 火剣や天剣で斬ってみたが、傷が入る様子もない。


 力で閉めようとしたが、それも無理だった。

 セナの最後の言葉通り、ゆっくりと開いていく。


「確かに妙ね……少しでも門が開けば、下級悪魔がこぞって地獄から出ようとするものなんだけど」


 ヴィクターが門を眺めながらそう呟いた。

 セピアは門を懸命に調べている。


 どうしたものか、と考えていると赤い空からマステマが出現した。

 こちらに合流しに来たらしい。


「終わった?」

「後はこれだけだ」


 マステマの言葉に俺は門を指さして答える。


「本当に門が開いてる」


 マステマはどうやら感心しているようだ。

 そのままマステマが門の中に顔を突っ込んだ。


「あ」


 マステマは一言呟いて顔をひっこめる。


「うちの魔王様が居た」


 まじかよ。





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