第79話 逃げる生徒たちのラプソディー

 イザートが集団を指揮しながら魔道学園の中を走る。

 何人か怪我人が居る為、進行速度は余り早いとは言えない。

 周囲を見渡した後イザートが後ろへ声をかける。


「こっちであっているのか1年」

「はい、こっちです!」

「大声を出すな」


 クローグスが足を怪我したガルン教官を担ぎながら返事をする。

 声が大きい為イザートがたしなめた。


 ゾンビ生徒がこちらに気付く。


「ちっ。ゴーレムよ、出でよ」


 最初に比べて随分と小さいゴーレムが生まれ、ゾンビ生徒を抑え込んだ。


「この魔力ではこれが限界か」

「すんません」

「いい。急ぐぞ」


 クローグスの謝罪をイザートは流し、一団は移動する。

 下級組の一年生の寮には15人ほどが籠城しており、ガルン教官が指揮を執っていた。

 イザート達がそこへ合流し、協力して脱出した。


 道中でも無事な生徒が合流し、大きな集団となっていた。


 目的地はここから近い。イザートはこの辺の地理を知らないのでクローグスに案内させている。


 人数が増えたせいか、ゾンビ生徒がこちらの集団目がけて移動しているのをイザートは確認していた。


(本当に安全なんだろうな)


 今集団を指揮しているのはイザートだ。

 そのイザートが不安を口にすれば、そのまま不安が伝播してしまう。

 そうなれば集団の規律が保てなくなり、皆恐怖でパニックになり散り散りになるだろう。


 その先は考えるまでもなかった。


 イザートは元々地獄研究会だったガルン教官にこの現状を聞いてみた。

 しかし深入りする前に距離を置いていたらしく、分からないという返事が返ってくる。


 魔力がかなり厳しい。

 イザートといつも行動を共にしている二人も、先ほどから下級魔法を節約して使っている。

 下級組はユニークな魔法が多いが今は役に立たない。

 普通の魔法を使わせると、イザート達より早く魔力が切れた。


 ガルン教官はまだ多少魔力があるが、それとて当てにできるほどではない。

 ルリーゼは怪我をした女子生徒を励ましていたが、肩を貸しながらの為足が震えていた。


 そろそろ集団の限界が近い。


「あそこ、あそこです」


 クローグスの声でイザートが顔を前に向けると、確かに迷宮の入口があった。

 アハバインが安全な場所としてイザートに伝えたのはこの迷宮だ。


(確かに迷宮は盲点だったな。ここなら中に生徒も居ないし、出てくる魔物も今の俺達でも危険が無い)


 足の遅いものや、怪我をしたものを先に入れ進ませる。

 生徒ゾンビの集団がこちらに向かってきていた。


 何人いるのか。

 生徒だけではない。魔道学園内で働いている者も交じっていた。


 同じ学園内に居たものの姿がああなったと思うと、最悪の気分でイザートは吐きそうになる。

 幸いなのは、貴族のゾンビ生徒を見かけない事だ。


 魔力量で強さが決まるらしく、下級組でも上級生のゾンビは力が強かった。

 魔力の多い貴族のゾンビや肥大化した化け物と遭遇していれば犠牲者が出ただろう。


 最後の一人が足を引っかけて転びそうになるが、イザートが手を掴み引っ張り上げる。

 そして駆け込むようにして中に入った。


 入口を閉じて施錠の魔法をかける。

 数人がかりでありったけの魔力で扉を強化した。


 その後、強い力で扉が叩かれるが一先ずは問題なさそうだった。

 しかし相手は疲れ知らずのゾンビだ。

 いずれ魔法が破られる。


 そうなれば後は籠城戦だ。ただ他とは違い後ろの心配をしないだけマシだった。

 少しずつ奥に進みながら戦うしかない。


 迷宮の中には既にノエルとアーネラが居て、最低限迎え入れる準備を整えていた。

 毛布に水、少しだが食料も。


 温かいスープがアーネラとノエルの手で配られる。


 ノエルの顔を見るのは、イザートにとっては屈辱の記憶がよみがえるが、今はそんな場合ではないのはお互い理解していた。


 ただ挨拶を済まし、まず怪我人の治療を済ませる。


「魔力はどれだけ残っている?」

「私達はほぼ消費していません」


 その答えにイザートは安堵する。

 この二人は上級生にも名前が聞こえてくるほど優良組全体でも優秀だ。

 魔力量も高い。


 器量も相まって平民にしておくには勿体ないほどだ。

 だからこそ叔父の愚痴もあり、早まって決闘になってしまったのだが。


 過去の痴態をイザートは頭を振って忘れる。


 扉への圧力が強くなってきた。


 度重なる魔法の消費でイザートは消耗していた。

 これほど魔法を使ったことは授業でも実習でもない。


 ノエルから貰った水を飲み干し、杖を扉に向ける。


 だが、ふと通路の左に部屋があるのに気付いた。

 何やら封鎖されている。


「あの部屋はなぜ封鎖されてるんだ?」

「ああ、それは……」


 ノエルが答えようとしたと同時に、肥大化した化け物が扉を破った。


「くそ!」


 イザートは叫んで杖を向ける。

 戦える生徒はイザートに倣った。

 肥大化した化け物は再生力が高い。

 力も強くて、イザートのゴーレムでも抑えられない。


 貴重な魔力回復ポーションを飲み、イザートは構えた。


 扉を破った肥大化した化け物が、左の部屋の扉の前を通過しようとする。

 イザートは手で他の生徒を抑える。

 最大の効果を狙う為、ギリギリまで引きつけておきたいとイザートは考えていた。


 次の瞬間、左の部屋の扉が吹き飛ばされ、肥大化した化け物が扉に潰された。


 イザートが呆気にとられていると、中から全身がねじれた女が出てくる。

 余りに恐ろしさに、他の生徒たちが全身がねじれた女に杖を向けようとする。


「やめろ!」


 イザートは強く叫んでそれを止めた。

 あの女の敵意がこちら向けば、全員死ぬのがイザートにはわかったからだ。


 全身がねじれた女は、肥大化した化け物を見つめる。

 潰れた状態で再生しようとした肥大化した化け物は、みるみるうちに全身がねじれ、最後には紐の様な形になって再生しなくなった。


「なんだあれは」

「何と言いますか、その。敵ではないみたいです」

「元家主、かな?」

「……なんだそれは」


 アハバインとマステマから話を聞いていたノエルはそう言う。アーネラも補足したが、補足とは言えない内容だった。

 詳細な説明は難しい。


「あれが敵ではないのか……確かにこちらを守ってくれているようだが」


 全身がねじれた女は生存者たちに背を向け、迫ってくるゾンビ生徒をひたすら処理している。


 イザートは何が何やら分からず、気が抜けて腰を下ろした。


「何が何だが分からん。とりあえず助けをまとう」


 そう言って、イザートは壁に背をつけて休むことにした。


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