第78話 魔女

 扉の前まで近づくと、周囲が真っ暗になる。

 ヴィクターの天使の輪だけが見えた。

 視界の確保の為に、セピアが灯りの魔法を発動させる。


 扉には赤い文字で様々な言葉が掛かれている。

 俺には読めない。


「読めるか?」

「少し待って」


 セピアに聞いてみると、俺が言わなくても既に文字を凝視していた。

 どうやら読めるようだ。


 流石は少女とはいえ、魔道学園の長をやっているだけのことはある。


「この先へ行く者は一切の希望を捨てよ、と書かれているね」


 なるほど。脅し文句という訳か。

 ヴィクターの加護を維持するのは疲れるが、ここから先は未知の領域だ。

 不意打ち一つで死にかねない。


 セピアを引き寄せる。


「わっ!?」

「近くに居ろ。守れなくなる」

「あ、うん」


 セピアが俺の腰に引っ付く。

 そして取ってを掴み、ゆっくりと回す。

 鍵は掛かっていない。そのまま奥へと扉を開ける。


 次の瞬間、扉が消失した。

 そして周囲の景色が変化している。


 恐らくあのドアは概念的なものだったのだろう。

 開けることにより空間が移動した。


 周囲の景色は、なんと形容したらいいものか。


 赤い空に、黒い地面。それがずっと続いている。

 他には少し水たまりがある位か。

 確実に室内ではない。


 瘴気を感じるものの、ドアの前の方がよほど濃かった。


 奥に誰かいる。

 そちらへと向かう。

 セピアとヴィクターも付いて来た。


 風は生暖かい。

 匂いはない。


 ここはどこだ?


 マステマが居れば分かったかもしれない。


 少し進むと、目的地に到着した。

 距離感もどうやら狂ってしまっている。


「ああ、戸惑うのも無理はない。ここは概念が意味をもつ」


 そう言ったのはセナ・イーストンだ。

 彼女の隣には、門が置かれている。


 僅かだが、門が開いていた。


 セピアが俺の前に出た。


「セナ! なぜこんな事をした! 何人死んだと思っている」

「おや、学園長も来たのかい」


 セナは意外そうに肩をすくめた。


「学園長を素体に出来れば、良いのが生まれそうだったんだけどなぁ」

「話を聞いているのか!?」


 セナはセピアの大声に機嫌を悪くしはじめた。


「黙れ」

「うぅ」


 セナの一睨みでセピアは言い負かされてしまった。

 そして俺の後ろに隠れる。


 余程怖かったようで涙目になっている。


 こういうところは年相応か……。


「うーん。良し悪しだったね。君たちが来たのは。マステマという大悪魔の観察やサンプルのお陰で一気に研究は進んだのだけど、代わりにこうして君が邪魔をしに来た」

「俺からすれば全てが最悪だよ」


 魔導士の勉強に来たのになんで剣で大立ち回りをしているのか。

 セナは俺の言い分に笑う。

 すると、突然明後日の方を見た。


「エヴァンスが死んだか。うーん、適正は悪くなかったと思うんだけど」


 マステマが勝ったようだ。

 当然だな。


「このまま門が開くのを眺めるのはどうだい? 素晴らしい景色が見れるよ」

「断る。俺が欲しいのはその素晴らしい景色ではない」


 既に被害は甚大だ。

 これだけの事件。解決してもこの魔道学園がどうなるかも怪しいのだ。

 考えるほど腹立たしい。

 4人分の学費を払っているんだぞこっちは。


「君たちが来なければ、そこの学園長を素体にしてゆっくり事を進めるつもりだったんだ。ここは緩いからね」

「緩い、ね」


 緩いという言葉では済まないだろう。

 自浄作用が無い。


 魔導士として優れているからと名門一族の少女が学園長の席に座り、綱紀粛正は冒険者崩れの教官が一任されていた。


 そして結果的にクソみたいな組織が生徒を食い物にした。


 魔導士至上主義が完全に裏目に出た結果だな。


「で、お前は何なんだ」

「やっぱりそこが気になるかい?」


 セナはくるっと回転した。

 長い髪がセナの姿を一瞬だけ隠す。


 そして現れたのは、黒い衣装に身を包んだセナだった。

 持っていた杖は真っ赤に染まっている。


 装いからして魔女か。


 神官、司祭とは逆。

 悪魔への信仰で力を得る存在。


 悪魔信奉者の代表格みたいなものだ。


 ただの悪魔狂いだけではなく、魔女にまだ生き残りが居たとは。


「おい、学園長。思いっきり悪魔信奉者が学園にいるじゃないか」

「そう、みたいだね。試験の成績が良かったから……」


 そこまで言って、俺の顔を見て黙った。

 思わず感情が顔に出ていたようだ。


 セナが入学したのは数年前。

 王国は何十年もかけて準備されたものであったのだが、ここはわずか数年でこれ。


 来る場所を間違えた。

 カスガルが苦い顔をしていたのも分かる。

 碌でもない国だ。


 とはいえ、もしもカスガルが此処に残っていたならすでに事件は解決していただろう。


 生存者以外は全て灰燼と化す。

 カスガルは事件を未然に防ぐことは苦手だが、何か起きてからは早い。

 燃やせばいいからだ。


 門が少し開く。

 召喚ではなく、門による直通。


「ヴィクター。これはどうなるんだ?」


 余り良い返事は期待できないが、ヴィクターに尋ねる。


「悪魔が上がってくるわ。もしこのまま悪魔の集団が地上に上がるなら、天軍もルールを破るよ。天の門を開けてこの人間の世界が戦場になる」


 ケラー枢機卿なら何か知っているかもしれない。

 少なくとも、訪れて欲しい状況ではないな。


「なら、止めないとな。こういうのは俺じゃなくて英雄の仕事だろうに」


 ただの魔導士志望の冒険者なんだがな。

 時間が経てば門がより開くが、こっちにマステマも合流する筈だ。

 天剣を構える。


「ヴィクター。セピアを守ってろ」

「分かったわ。ほら」


 ヴィクターはセピアを抱きかかえると、俺から離れる。

 セピアは悲鳴を出しながらヴィクターに連れ去られた。


「おや、いいのかな? あの二人も戦闘に参加させればいいのに」


 セナが魔法を準備しながら俺に向き合う。

 詠唱は要らないようだ。羨ましい。


 セナの言い分を俺は鼻で笑った。

 もっと悪い想定をしていたのだが、これなら別に問題ない。

 足手まといも居なくなった。


 俺が恐れる魔導士は何時でも一人だけ。カスガルだけだ。


「お前ぐらいなら、俺一人で十分だよ」


 マステマと相対したことを思えば、尚更だ。



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