第77話 学園長の実年齢

 セピアを伴って俺は移動する。

 セナの部屋に近づくほど、空気が変質しているのを感じる。


「これは……瘴気か。気持ち悪い」

「そのようだ。地獄の門が開くとこうなるのか」


 マステマの時とも違う。

 あの時はマステマからの浸食から、少し瘴気が漏れている程度だった。


 奴隷二人を移動させてよかった。

 こんな場所で長居していてはどんな影響があるか。


 それにその辺にいるゾンビ生徒もこの瘴気を浴びている訳で。


 瘴気を吸って明らかに強化されている。

 最初に遭遇したゾンビ生徒は歩くだけだったのだが、今では勢いよく飛び掛かってきた。

 火剣で斬り両断にする。

 灰になって飛び散っていった。


 噛まれるだけでどんな影響があるかも分からん。


「結界はどのぐらい持つ?」

「魔法事故に備えた結界だからかなり強度は高いけど……この調子ではあまり長く持たないかも」


 具体的に聞くと、この瘴気が魔道学園を覆えば恐らく砕ける、とセピアは言った。

 今はこの周りだけだが、放置すればいずれそうなる。


 セナの部屋に繋がる寮の入口には、男の教官が一人立っている。


「あいつも地獄研究会か」

「ああ。バルフ教官よ。元々経験豊富な魔導士だったのだが、怪我で現役を引退して教壇に立っている」


 なるほど。

 教官なら話し合いでどうにかならないか。


「セピア、説得してこい」

「……分かった。だけど嫌な予感がするから、危なくなったら助けて」


 セピアを向かわせる。


 セピアは学園長らしく、堂々とバルフの元に向かった。

 そして声をかけたのだが反応が無い。


 無視されているのか。


 何度も声をかけ、しびれを切らして大声で呼びかけると、バルフの身体が震えて一気に青い巨体へと変化した。


 セピアは絶叫を上げてこっちに戻ってくる。

 役に立たない。

 実はこいつ、見た目と実年齢が同じじゃないのか?


 立ち回りも下手だし、常に後手に回るし。


「怖い! 滅茶苦茶怖いのだけど!」

「とりあえず援護しろ」

「何でこんな事に。いや私の監督不行き届きか……はぁ」


 そう言ってセピアは俺の後ろに回る。


 青い巨体になったバルフは、俺を見て全速力で突っ込んでくる。

 俺は火剣を構えた。


 セピアは魔導士としては流石というか、十分な実力があるようだ。

 俺に対する補助魔法を唱え、氷の魔法でバルフの足を止める。


 巨体に見合った力があるのか、強引に氷を砕いて抜け出そうとしてきた。


 だが、それだけ隙を晒してはダメだな。

 火剣でまず首を落とす。


 バルフは首を掴み、すぐさま元の位置に戻そうとした。


 次に両手を斬り、胴体を斬る。


 そこでようやく動きが止まった。

 だが、下半身がうごめいて再生しようとしている。


 セピアはすかさず下半身を燃やして止めを刺した。


「いやな気分」

「同感だよ」


 なんせ元とはいえ人間だ。

 すき好んで斬りたくはない。


 寮の中に入ると、中は変質して異界化している。

 生きているように血管が這いまわり、歩くと床が肉のような感触がする。


 セピアが俺にしがみ付いて恐る恐る歩いている。

 時折上げる悲鳴は少女そのものだ。


 魔道大臣も兼任するような人物とは思えない。

 繋ぎや平時なら良いが、いざという時に役に立たないトップだなと俺は思った。


 恐らく学園長室で話した時の様子は擬態で今の状態が素なのだろう。


「改めて聞くが、幾つだ?」

「何でそんな事を聞く」

「反応が初心すぎるからだ」


 老練した魔導士なら、こんな光景で取り乱すとは思えない。


「……知識的には数百歳だ」

「ほう」

「実年齢は……まあ、その」


 聞いた年齢は、予想のままだった。


 そういえば、知識の継承という魔法があるらしい。

 名門の魔導士の一族が子孫に知識を継承させ、経験を引き継がせる。


 それによって膨大な知識を幼少期から得ることが出来る。

 勿論、不要な記憶はそぎ落とされた上で。


 そして、このセピアは名門中の名門の一族。


 つまり、目の前にいるこの少女は、知識だけは成熟している見た目通りの子供だ。

 大人の対応は恐らく記憶にある自分の先祖をなぞらえているだけ。


 そりゃいいように出し抜かれる。

 いくら魔導士として優れていればいい、といってもこれは無い。


 溜息が出た。魔導士としては役に立つから良いものの。


「なんでため息を付く。外から来たアハバインが知らないだけで、別に年齢を偽っていた訳では」


 こいつが昔悪魔を見たと言っていたのは、こいつの祖先の話だったのか。


「もういい。行くぞ」

「わ、分かった」


 奥に進む。

 空間が歪んでいる。


 ここから先は危険だ。

 火剣に流していた魔力を切り、鞘にしまう。

 鞘が火剣の熱を吸収する。


 そして俺は天剣を取り出す。


「それが噂の天剣か。天使の核を埋め込んだという」


 セピアが物珍しそうに天剣を眺める。


 今の俺ならば負担は以前よりずっと少ない筈だ。

 セピアの補助魔法もある。


 セピアも本当は連れて行くべきではないが、大体こいつの所為だ。

 サポート位はさせないと気が収まらない。


 死なないように守るくらいはするつもりだ。


 幸い魔力量は俺よりもよほど多い。

 それに関しては流石だ。これならば瘴気も防げる。


 歩いているといつの間にか空間は一本道になっている。

 本来の寮の構造からは考えられない。


 奥にはドアがある。


「セピア、何か感じるか?」

「すまん、瘴気が強すぎて何も感知できん」

「そうか」


 ドアを開けるしかない様だ。


 天剣に魔力を通す。

 相変わらず燃費が悪い。魔力が吸い取られていく。


 天剣の起動と共に天使が顕現する。

 魔力量が増え、扱い方を覚えたからか以前と同じ姿だが感じる力がまるで違う。


 マステマに劣らず美しい、白い衣装纏った金髪の天使。


「はぁ。ようやく私をちゃんと呼び出せるようになったのね」

「今までも呼んでいたと思うが」

「あんなしけた魔力で呼び出されても一部しか無理よ。仕方ないからずっと寝ていたのに」


 どうやらこれが本来の天使の姿らしい。


 セピアはセピアで天使の姿に感動していた。

 緊張感のない連中だ。こんなのと進まなくちゃいけないのか。


 天使は周りを見渡す。

 異界化した周囲を見た後、俺の顔を見る。


「それにしても、お前は随分と運が無いのね」

「うるさいぞ天使。俺が文句を言いたいくらいだ」

「ちゃんと呼び出せるようになったのだから、名前で呼んで」

「……お前の名前は知らん」


 事実だ。あの時は少し戦って勝てないと判断し、こいつが名乗る前に創世王の武具で吹き飛ばした。


「そういえばそうね。じゃあ覚えておいて。ヴィクター。私はヴィクターよ」

「ヴィクター! 勝利を運ぶという天使ではないか」


 セピアが天使の名前を聞いて目を輝かせる。

 でもその勝利を運ぶ天使は俺に負けてるんだよな。


 完全になった今でもマステマよりも格下だし。


「全く。不敬なのは変わらないわね。それじゃあ加護を与えるわ」


 俺の考えを察したのだろう。

 文句を言いながら天使の加護を発動させる。


 以前よりも通りがいい。

 今ならマステマと多少は殴り合えるだろう。


 それでも最終的に殴り負けるのは、まあ仕方ないか。





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