第62話 片付いた家で夕食を

 家の中から漂っていた筈の、異質な雰囲気が消えてしまった。

 本当に、マステマが家に居るだけで効果は覿面だったようだ。


 今度一緒に滅びた国の、呪われし王家の墓にでも行ってみよう。


 マステマを盾にしたアーネラとノエルは、家の中を隅々まで確認する。

 何かが引き摺って行ったような跡がそこかしこにある。


 偶に黒い影のようなものが残っていると、マステマはそれを踏んで捕まえるなり口の中にいれてしまう。


「べってしなさい。ぺって」


 そう言ってアーネラが吐かせようとするが、マステマは構わず飲み込む。

 どうやら悪魔にとって幽霊だのはオヤツになるようだ。


 本人に聞いてみると、魔力の材料に変わるらしい。


 食われてしまう位なら、と怨霊や悪霊の類が依り代ごと移動してしまったのだろう。


 こんな除霊は聞いたことがない。

 そもそも移動していった連中は、どこへ行ってしまったのだろう。

 まあいいか。この家に戻ってこないなら別に。


 最後に風呂場に行くと、天井から伸びてきた手がマステマの頭を掴み、そのまま引き抜こうとしてきた。


 凄まじい力だ。

 普通の人間があの手に頭を掴まれて上へ引っ張られれば、首が引っこ抜かれるか脊椎が伸ばされて死ぬ。


 だが、掴んだのは上級悪魔ことマステマだ。


 どれだけ力を入れてもビクともしない。

 マステマは一切抵抗していないにも拘らず。


 逆にマステマはその手を掴むと、自分の方に引き寄せた。

 力比べは拮抗する瞬間すらなく、長い手の持ち主の怨霊は風呂場の床に叩きつけられた。


 叩きつけられて痛かったのか、ひたすらにのたうち回っている。


 女の霊だ。外見は美人だが、異様に長い手がその分不気味に映る。


 数多くの人間を殺してきたのだろう。かなりの呪力を感じる。

 ノエルとアーネラはその女の霊に恐怖して、俺の後ろに隠れてしまった。


 恐怖が糧になるのか、女の霊は少し回復して立ち上がる。

 背が俺よりも高い。そのアンバランスさは流石は怨霊といった処か。


「お前はマズそうだなぁ」


 そう言うと、マステマは女の霊との距離を詰める。

 女の霊は何本も手を増やし、マステマの全身を掴んでその体をバラバラにしようとするのだが……ビクともしない。

 

 先ほどの事を学んでいないようだ。


 マステマが女の霊の手を纏めて握り、そのまま潰す。

 霊だからかひしゃげる音はしない。


 そしてそのまま、口から小さな黒い火をペッと吐き出して女の霊にぶつける。


 黒い火はそのまま女の霊だけに燃え広がり、燃えた部分が火に吸い込まれていく。


 そして女の霊は完全に火に飲み込まれ、少しだけ大きくなった黒い火をマステマが口に入れて飲み込んだ。


 すると、マステマの魔力が増大した。

 なるほど。こうなるのか。


「もうこの家にはああいうのは居ない。細かいのも逃げて行ったぞ」


 そう言ってアーネラの前で胸を張る。

 あれは褒めてのポーズだ。


「ありがとね、マステマ」


 そう言ってアーネラが褒め、ノエルも頭を撫でていた。

 マステマは凄まじく自慢げだ。


 まあ役に立ったし、あの位は良いだろう。


 アーネラはそれでも怖いのか、家を掃除する際にもマステマを連れまわしていた。

 ノエルはマステマの代わりに俺を連れまわす。


 断ったら泣きそうなノエルを相手に、流石に折れた。


 仕方ない……家が片付かないと泊まる場所もない。寮は御免だ。

 他人との共同生活は基本的に我慢を強いられる。


 冒険者時代の初めは金もなく、そう言った生活をするしかなかったが。

 今でも気分が悪くなる思い出ばかりだ。


 ここにいる面子ならば。そういう事もない。

 マステマが少しばかり鬱陶しくてわがままな位だし、許容範囲だ。


 面倒は奴隷に任せるとしても、こいつは俺が世話するしかないし。


 家は帝国時代の家よりは流石に小さかったが、4人で住むのを考えても広い。


 魔導士の家らしく実験に使うための部屋がいくつかあり、その所為で家が大きくなったのだろう。


 暗くなる前に何とか掃除を終えた。

 買い物に関しては、魔道学園内に食品売り場のような場所がある。


 節約の為に寮で自炊する生徒も居るらしい。

 苦学生もいるだろうな。


 入学金に加えて、毎年の授業料は俺にとっては大した金ではないが、そうは言えない生徒も居る。


 そういえば、休みにダンジョンに出稼ぎして課題ついでに授業料を稼いだ。

 とカスガルも言っていた。


 とりあえず売り場で食品を買い込んで家に戻る。

 流石は魔道国。家の中の魔石は完備されている。


 調理場の火の魔石にアーネラが魔力を補充し、水の魔石にノエルが魔力を補充する。


「あまり時間が無いので簡単なモノで宜しいですか?」


 アーネラの言葉に頷く。料理にこだわりはそこまで無い。

 ノエルが野菜の下ごしらえをし、アーネラが大鍋に水を入れて火にかけた。


 美味いものが出てくるなら文句はない。

 それはフォークを両手に持ったマステマも同じだ。


 ……なぜ両手にフォークを持っている?


 出てきたのは大盛のパスタだ。

 副菜に燻製された肉を使ったサラダ、そして沢山の茹でられた大きな腸詰の肉。


 パスタにはひき肉を使った赤いペーストが載せられている。

 腸詰の肉でだしを取って、塩で味を整えられたスープには薄切りにして火が通されたチポラがふんだんに入っていた。


 簡単なモノとはよく言ったものだ。


 マステマの涎が垂れる前に、皆で食べることにした。



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