第61話 呪いの家へ

 声をかけてきたのは上級生の少女だった。

 魔導士は少女が多いのだろうか。


 俺がくだらない事を考えていると、声をかけられたノエルが返事をする。


「どなたでしょうか?」

「おや、失敬。名乗っていなかったね。

 優良組の4年生、セナ・イーストンだ。セナと呼んでくれたまえ」

「はあ、ではセナ先輩と」


 ノエルがそう言うと、セナはうんうんと頷く。


「上級生があんなのばかりと思わないで欲しいんだ。

 きちんと勉学と実践に励む人間が大半なのだよ」


「それは何よりです。要件がそれだけでしたら、私達は教室に戻りたいのですが」

「おや、クールだね。なに、有望な新入生を見掛けたので勧誘に来たんだ。それだけ聞いて行っておくれよ。ちなみにこの人たちは友人かい?」


 そう言ってセナは俺たち4人を見つめる。

 そしてマステマを見て、目を見開いた。


 一瞬の事で、すぐに平静を取り戻したようだが俺の目は欺けない。


「家族……のようなものです」

「そうかい。私は地獄研究会という会に所属していてね。ちょっと名前は変かもしれないが、最近は随分と結果を出しているんだよ。良かったら参加しないかい?」


 ノエルは僅かに俺とマステマを見た後、首を振った。


「お誘いは嬉しいですが、今は遠慮します」

「そうかい、残念だ。それでは失礼するよ。困ったことがあったら相談してくれ。先輩として力になろう」


 そう言ってセナは居なくなる。

 ねめつける様な視線を、最後にマステマに向けた。


 あれは完全にマステマが悪魔だと気付いている。


「あいつ、なんというか気持ち悪い。視線の先でずっと私を見てたぞ」


 マステマは俺に抗議してきた。

 今のが噂の集団か。


 冷静を保っているようで目が逝ってやがる。

 あんまり近づきたくないな。


「断りましたが良かったですか?」

「いい。こんなところに来てまで、いちいち派閥争いに付き合う事もない」


 ノエルにそう告げる。

 勉強しに来たんだ。

 そのために金も払って、こうして時間も費やしに来ている。


 くだらない事に付き合う暇はない。

 降りかかる火の粉は払うだけだ。


「マステマ、お前がどうこうされることは無いだろうけど、注意しておけよ」

「分かった」


 そう言ってマステマは拳をシュッシュッと空撃ちする。


「なるべく殺すなよ……」

「努力はする」


 自信満々でマステマが答えるのだが、どこからこの自信が出てくるのか。


 アーネラ、ノエルと別れて下級組の教室へ戻る。

 家の事は伝えておいたので、あとで合流する事にした。


 ノエルは決闘の事で恐らく目立つだろうし、一緒にいるアーネラも注目されるだろう。

 ある意味、目くらましには丁度いいかもしれない。


 あの二人なら優等生もそつなくこなす。


 教室に戻ると、俺達抜きで説明が進められていた。


 教官は、目線でさっさと座るように指示してきた。

 今度の教官は、片目眼鏡をかけた老年の男性だった。


 胸にドクロのバッチが付いている。


 ……こいつも例の集まりの関係者か。

 だが先ほどの少女とは違い、マステマに特に視線を向けてくることは無い。


 この教官は気づいていないのだろうか。


 寮についてなどの説明される。

 居なかった時の内容はクローグスやルリーゼに聞いて補完する。


 正直大した内容ではない。

 そもそも魔導士は自分の世界に没入する人間が多い。


 他人に迷惑をかけなければ問題ないという感じだ。


 深夜に実験するなとか、実験動物を隠れて飼うなとか。

 普通やらないだろう、という内容だ。


 やった奴が居るんだろうな。


 初日に授業はないが、代わりに自己紹介の場が設けられた。


 どいつもこいつも、なんというか尖りに尖っている。

 一発芸の連中ばかりだが、中には磨けば有用な能力を持つ奴もいた。


 ルリーゼは力場の固定という魔法が得意……というか今はそれしか使えない。

 石を投げた後にその魔法を石に使うと、石が投げた時の速度のまま移動していく。


 もっとも、魔力不足で的に当たった瞬間に石がおちたという。

 結果的に珍しい魔法という事で一応合格したらしい。


 クローグスは加速の魔法が得意だと宣言した。

 加速した小石で的を貫いたとか。


 制御がまだ不安定らしく、小石を投げた腕を加速しすぎて勢いにつられてその場で転んだと言ってクローグスの番が終わる。


 俺の番だ。

 名前順ではなく、座った場所順だ。


「アハバイン・オルブストだ。元々冒険者だったが、良い機会だったので魔導士を学びに来た。得意な呪文は……雷だな」


 そういって指先に紫電を集めて見せる。

 きちんと集中すれば試験の時の様に暴発はしない。


 あの教官には悪い事をしたな。


 元冒険者且つ一人だけ年が離れているのもあって、少しばかり注目されたようだ。


 最後にマステマが自己紹介する。

 少しだけ心配だが、最近は常識も身に付きつつあるはずだと信じたい。


「マステマ・オルブストだ。暇だからついて来た。よろしく」


 そう言って黒い炎を茨の杖から放出する。

 あーあ。隠す気すらない。


 得意げになって、両手から黒い炎を生み出してはお手玉する。

 それを教官が咳払いでやめさせる。


 ちなみにマステマは咳払いの意味が分からなかったので、何度目かで俺が止めさせた。


 教官はマステマを見ているが、その視線は厄介な生徒という以上の意味はなさそうに見える。

 地獄研究会と言えど、その中身にも色々あるのだろうか?


 初日の魔道学園でやるべきことは終わり、ノエルとアーネラと合流した俺達は本日のメインイベントを行うことになる。


 現在は昼真っ盛りだ。

 他の生徒は遊びに昼寝にと行ってしまった。


 ルリーゼやクローグスは、学園を一緒に色々見て回らないかと誘ってきたが断った。


 俺達にはやることがある。そう、学園長に住む許可を貰った家の除霊だ。

 掃除も含めるとあまり時間はない。


 実際に向かってみると、確かになんというか不吉な雰囲気が漂い、空気は淀んでいた。


 もし近くを通ったら速足で急いで離れたいと思うような、嫌悪感を感じさせる家だ。


「じゃあ入るか」

「だ、大丈夫なんでしょうか?」

「マステマ、先入って、先!」

「仕方ないなぁ」


 ノエルとアーネラは、少しびびっていた。

 一般人だからこういう場所は経験がないだろうし、仕方ない。


 中にいる怨霊だの悪霊だのは、恐らく依頼なら上級冒険者を必要とするレベルだ。


 まあ癒しの聖女、レナティシアがいれば祈るだけで終わるし、カスガルが居れば聖なる火で解決する。


 俺も天剣を使えば実は楽に解決できるのだが、マステマを中にいれるとどうなるかは気になる。

 天剣は不貞寝しているのかずっと反応がないし。


 マステマは鍵を開け、中に入る。


 目の前には、全身がねじれた女性が玄関に立っていた。


 ノエルとアーネラは驚きすぎて悲鳴すら上げられなかった。

 俺は思わず天剣を握る。


 マステマは一切気にせずに中に入ると、なんと全身がねじれた女性の顔を下から覗き込み、ガンをつけ始めた。


 どうやら対抗しているらしい。


 マステマにガンをつけられた全身がねじれた女性は、ゆっくり後ずさっていった。


「ふっ、勝った」


 勝ったらしい。俺達には良く分からない。

 俺達に向けて手をピースにして向ける。


 ノエルとアーネラは、完全に俺に引っ付いてしまって動きにくい。

 良い匂いがするし、押し付けられた体が柔らかいのでこれはこれで。


「ここは私の場所だー。でていけおらー」


 そう言ってマステマが家の中に入って喚くと、呪いになりかけていた不吉な雰囲気が丸ごと移動していく。


 物理的に移動したようだ。

 そんな馬鹿な。


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