第60話 決闘システム

 アーネラに連れられて優良組が案内された棟へ移動する。

 どうやら棟の近くにある広場に集まっているらしい。


 アーネラと俺は、一先ず走ってそちらへと向かう。

 マステマは面倒だからと屋根を上って移動している。


 目立つから止めて欲しい。

 地獄研究会だのとめんどくさそうな連中もいるらしいし。


 やや慌てているアーネラから移動しながら話を聞く。

 試験が終わった後アーネラとノエルは、優良組を担当する教官に連れられて移動したのち、オリエンテーションが始まったそうだ。


 合流を考えていたが、しばらく様子を見るしかなかったらしい。

 教官からの説明が終わり、少しだけ時間が空いた瞬間、上級生が乗り込んできたという。


 その上級生はどうやら、魔道列車に乗っていたあの男爵の一族とのことで……。

 男爵から話を聞いて乗り込んできたらしい。


 そしてそのままいくつか言葉を交わし、決闘になってしまったと。


「あの男爵とは話がついたと思ったんだがなぁ」

「実際そのようです。話を聞いた感じ、ただ愚痴をこぼしただけの様で。ですが、それが上級生には耐え難かったみたいで」


 アーネラが必死にその時の様子を伝えてくる。


 広場が見えてきた。


 人がそれなりに集まっており、その中心にノエルが居る。

 向かい合っているのは三人ほどか。


 真ん中にいる人物が件の決闘を申し込んだ上級生だろう。

 短髪の金色の髪に自信ありげなツラ。


 あの男爵を若くして、少し顔を良くすれば確かにそっくりだ。


 教官がノエルと上級生の間に立っている。

 だが止める様子はない。


 決闘システムというのはまだ説明されていないから良く分からないが、魔道学園の決まりの一つだろう。


 だからといって、入学初日の新入生に決闘を吹っ掛ける上級生が居るか?

 それを止めない教官も問題だろう。


 さて、マステマも広間を見下ろせる位置にいる。

 今割って入ることも可能だが……。ノエルがこちらに気付いた。


 視線で俺に指示を乞うている。

 俺は手で示した。


 やれ、と。


 ノエルは頷いた。

 いざとなれば割って入ればいい。強引にうやむやにしてやる。


 決闘はどうやら一対一でやるようだ。

 教官が審判を務める。


 二人は大きく離れた。


 教官が決闘の理由を上級生に訪ねると、上級生は答えた。


「このノエルという新入生は、我がカルトフェル男爵家の名に泥を塗った。オルブスト家などという家名は聞いたことがない。そんな家の者に屈辱を味合わされたとなれば、やり返すのみ。私が勝てば謝罪を求める」


 教官はノエルを見る。


「決闘は拒否も出来るが、どうする? 拒否した場合、負けとなる。無論決闘に賭けられた物は無効だが」


 強制的に負け扱いか。

 失うものはそれだけだが……、一度負けた人間は舐められる。

 戦わずに逃げたという汚名は消えない。


「受けます。オルブストの名を下に見ることは許しません。私が勝てば……頭でも丸めて貰いましょうか」


 ノエルの言葉を聞いて上級生は舌打ちしたが、受け入れた。


 教官は決闘の合意を確認し、ルールを説明する。


 魔道学園の決闘は、簡単に言えば魔法以外なしというルールだけだ。

 魔法で相手を倒せば勝ち。倒されたら負け。


 シンプルだ。


 教官が開始の合図をすると、ノエルとカルトフェル男爵の親族らしい上級生の決闘が始まった。

 教官により、周囲に結界が張られる。


 上級生が扱うのは土の魔法だ。


 地面から岩の塊が突然ノエルに向かって突き出す。

 ノエルはそれを後ろに飛んで回避するが、着地した瞬間に足が沈む。


 地面が泥濘に変化していた。


「ふん。決まりだな」


 再び地面から岩が突き出される。

 今度は二つ。左右から挟み込むようにしてノエルを狙ってきた。


 ノエルは迫りくる岩を見ず、泥で汚れた靴や足を見ていた。


「せっかく買って頂いた靴が……」


 岩がノエルに衝突する。

 上級生が勝ちを確信するが、衝突して砕けたのは岩の方だった。


「なんだ?」


 勝利のポーズまで取ろうとしていた上級生は、目を見開く。

 ノエルは両手を岩に向けていた。


 上級生は何が起きたか分かっていなかったのだが、俺とマステマは当然把握している。

 アーネラはそれから少し遅れて何が起きたのか把握する。


 ノエルは岩が衝突する瞬間、水を岩を砕けるだけの速さで打ち出したのだ。

 傍から見ればいきなり岩が砕けたように見えるだろう。


 岩を砕いた水は地面に撒き散らされていて、無くなってしまっている。


「終わりですか?」


 ノエルが煽ると、先ほどまでの余裕が感じられない表情で上級生は詠唱を始めた。


 余りにも隙だらけだ。実戦を碌に積んでいないか、守られることに慣れすぎている。


 ノエルはその隙だらけの上級生に水弾をぶつけて、決闘を終わらせるか悩んだ。

 だがあえて詠唱を待った。


 俺からの指示はやれ、だ。

 徹底的にプライドを折るつもりらしい。


 ……ふむ。優良組の上級生だから少しは期待したのだが、大したことは無いな。


 ノエルの実力は冒険者の魔導士で例えるなら、下級をようやく卒業した程度だ。

 それなりの魔力を自前の頭の良さで上手く使っているに過ぎない。


 アーネラもノエルも実戦で鍛えればかなり強くなるだろうが、機会が無かったからな。


 上級生が詠唱したのはアースゴーレムの生成だったようだ。

 地面を大きくえぐり、その土でゴーレムを作る。


 連れ立っていた二人は流石にそれは、と声をかけるが上級生は聞こえていないようだ。


 ゴーレムの大きさは大体成人男性の三人分か。

 力はあるだろうが、ただの木偶だ。


 土木工事なら大変役に立っただろうな。


 ゴーレムがノエルに襲い掛かった。

 ノエルは水を圧縮して剣を作り、襲ってくるゴーレムの腕を斬り落とす。


 ただ土を木偶の形にしたゴーレムと、膨大な水を圧縮した剣では密度が違う。

 サクサクとゴーレムが解体されていく。


 その度に上級生の顔が歪む。

 よほど自信があったらしい。

 


 もしこれがきちんとした魔導士のゴーレムならば、ノエルの剣では刃が通らないだろう。


 つまり、純粋な上級生の修練不足だ。


 ゴーレムを解体したノエルは、水の剣を持ったまま上級生に近づくと剣を向ける。


「まだ、やりますか?」


 上級生は、あの男爵と同じように腰を抜かした。

 確かに血がつながっているようだ。


「参った。私の負けだ」


 そして負けを認める。

 あの男爵の時も思ったが、負けを認めるのが早いな。


 見苦しい貴族は粘りに粘ってどうしようもなくなってから、ようやく頭を下げるのだが。


 恐らくカルトフェル男爵家は出世はしないかもしれないが、長く存続するかも。


 決闘が終了し、ノエルが笑顔で上級生の頭の毛を水の剣で刈ってしまった。

 一緒にいた二人の肩を借りながら居なくなる。


 あれならもう絡んでこないだろう。

 決闘が終わった事で集まった生徒たちも、ノエルを称賛しつついなくなる。


 教官もいなくなり、マステマが地面に降りてくる。


 すると、どうやら一人だけ生徒が残っていたようでこちらに来た。

 少女のようだが、上級生のエンブレムを付けている。

 そのエンブレムの隣にはドクロのマークを象ったバッチが付いている。


 特徴的なのは"ひざ下まである長い金髪"だ。

 屈むだけで地面に髪が付きそうだ。


「やあ、災難だったね」


 その少女が話しかけてきた。

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