第49話 赤い空の下

 個室から窓を眺めて移り行く景色を俺達は眺めていた。

 他の客と交流する気にはならない。


 金持ちやら貴族が大半だし、そういう付き合いは飽きた。

 話が合う人間はそもそもこの魔道列車には乗らない。


 暇をつぶすだけなら景色を眺めながら、此処にいる面子で駄弁るだけでも十分だ。

 気分転換したくなれば外に出ればいい。


 太陽が沈みゆき、空が赤く染まる。

 魔道列車から見える赤い空の景色は、中々鮮烈な景色だった。


 その景色を眺めていた瞬間、一瞬だけ視界が黒くなる。

 強烈な違和感がなければ気付かなかった。


 ふと個室を見るとそこに居た筈のアーネラが居ない。

 ノエルはそれに気づいていないようだ。


「アーネラはどこだ?」

「え? あれ、いないですね」


 指摘してようやくノエルが気付く。

 普段のノエルならすぐに気づいた筈だ。


 何かされたな、これは。


 マステマを見ると、億劫そうに立ち上がる。


「アハバイン。ちゃんと気付いた?」

「何かされたのは分かったが……アーネラを探さないと」

「上だ」


 マステマは上を向く。

 そして、そのまま天井をぶち抜こうとする態勢をしたのを見て慌てて止めた。


「よせ、ちゃんと出られる場所がある」

「間に合わなくなったらどうする」

「俺とお前が居てそんなヘマするかよ」

「……窓から行く。すぐに来い」


 そう言ってマステマは窓を開けて上へ行ってしまった。

 体が小さいから出来る芸当だ。


 この状況でノエルを一人にするのは危険だな。

 一緒に連れて部屋の外に出る。


 列車の中は特に変わった様子はない。

 乗務員室を覗いたが誰もいない。


 バーテンダーは暇そうにグラスを磨いていた。


「乗務員は居ないのか?」

「いえ、そんな筈は……どうかされましたか?」

「身内が居なくなった。恐らく上だ。どこからか出れるか?」

「上に出るには連結部分に梯子がありますが……」


 バーテンダーは訝しげに言う。

 それはそうだろう。気持ちは分かる。

 だが確かに俺の勘も列車内ではないと告げている。


「一度上がらせてくれ」

「分かりました。こちらです」


 バーテンダーの案内で梯子に到着する。


 俺がまず上り、バーテンダーも確認の為上がり、最後にノエルが昇る。

 女性の下から登るのはマナー違反だからな。


 ドレスだから上りにくそうだ。

 途中で手を掴んでノエルを引き上げる。


「ありがとうございます」

「ああ」


 列車の上は強い風が流れている。

 ノエルが足元を抑えながらついて来た。


 列車の先頭付近ではマステマが赤いドレスをなびかせながら立っており、その先で男がアーネラを抱えている。


 アーネラの首筋には血が流れていた。

 青いドレスに血が垂れている。

 これは……吸血鬼か。

 男は乗務員の格好をしている。

 成り済ましたのか、もぐりこんでいたのか。


 吸血鬼は悪魔とは違う意味で人間の天敵だ。


 人間の血を吸い、意識を操り、配下を増やしていく。

 更に血を通して力を吸い取る。


 かつては吸血鬼が明確に人間の脅威となっていた時代があったらしい。

 吸血鬼の王国があったと言われる時代だ。


 だが、吸血鬼は悪魔とは違いあまりに身近な脅威すぎた。

 そして悪魔ほど強くも優位性もなかった。


 人間は自らを滅ぼす敵に対して、どこまでも容赦がない。


 教会を中心とした聖軍が結成され、吸血鬼の王国は全て焼き払われた。

 その時に聖軍が手に入れた聖遺物が天使召喚に繋がったのだから、吸血鬼は俺にも迷惑をかけている訳だ。


 殆どの吸血鬼は討伐されて、僅かに生き残った個体は姿を隠して生きていると聞いていたのだが……。


 俺が前に出ようとするとマステマが手で静止してきた。


「お前、本調子じゃないだろ。ノエルを守ってればいい」

「分かったよ」


 俺は下がった。

 実際まだ完全に調子は戻っていない。


「お客様、これは……」

「吸血鬼だ。まああいつに任せておけばいい」

「吸血鬼! 警備を呼んでまいります」


 俺は止めずにバーテンダーを行かせた。

 彼の仕事でもあるからだ。


 マステマは吸血鬼に向き直る。


「おい、アーネラを放せ。それは私の世話役だ」

「――お前の匂いはなんだ? 嗅いだことがない」

「滅び損ねた種族め。私は気が長くない。もう一度だけ言う。アーネラを放せ」

「断る。こんな極上の獲物が近くにいて我慢できるか」


 そういって男はアーネラの首筋を舐める。

 アーネラは気を失っている様だ。


「私は私のものに手を出されるのが一番嫌いなんだ」


 アーネラはお前じゃなくて俺の奴隷なんだが……。

 毎日俺よりも世話になっているから、マステマ的にはそう思っているのかもしれない。


 だが、吸血鬼はなぜこんな真似を。

 乗務員として潜伏していたのならそのまま潜伏すればいい。


 本当に我慢できなくなったからこんな真似をしたのか?

 余りに浅慮すぎる。


 俺が考えていると、マステマは前に進む。

 吸血鬼がアーネラの首に手をやろうとするが、その手が斬り落とされた。


 マステマの視線だけでなされた技だった。

 斬り落とされた手を吸血鬼がまじまじと見る。


 だが、再生しない。再生力に優れる吸血鬼だが、それを完全に無効化されていた。

 傷口の表面には黒い火が見える。


「これは……お前は」


 マステマは吸血鬼の目前に迫り、その小さい手で頭をわしづかみにする。

 吸血鬼は信じられないような顔でマステマを見る。


「悪魔? 話と違う。図られた? 馬鹿な、私が」


 そのままマステマの手から漏れる黒い火が吸血鬼を頭から焼き尽くす。

 黒い火はアーネラを器用に避けていく。


 マステマは自由になったアーネラを抱える。


 全てはマステマの意思一つだった。

 人間の天敵という同じ立場でありながら、圧倒的な格の違い。


 その様子を、一羽の鳥がずっと眺めていた。

 より近くに迫ろうとした瞬間、雷が鳥を焼いた。


 アハバインだけがその鳥が落ちていく様を眺める。






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