第50話 誰が為の行いか

 <ノウレイズ魔道国 某所にて>


 片目眼鏡をかけた老年の男性が、何やら集中している少女に近づくと声をかける。

 その声には些か興奮が含まれていた。


「どうだ? 確認できたか?」

「ああ、間違いないね。王国で召喚された悪魔だ。実証として吸血鬼をぶつけてみたが相手にならない。しかし地獄の火も確認できた」

「元より弱すぎて見過ごされるような下級の吸血鬼だ、仕方ない。だが我々の同志は成功した、と」

「ああ、そのようだ。王国の召喚時点で地獄からの浸食と悪魔の魔力は確認していたのだが、ようやく確証がとれたね」


 ひざ下まで届くほどの髪の長い少女は、片眼を閉じた状態で喋る。


「本当ならばあの時は目視確認したかったのだが……」

「それでは巻き添えを食らう。実際同志は召喚直後に死亡した。あの時はあれがベストだった」


 老年の男は納得しかねているものの、受け入れる。


「それはそうだが、結果的にあの場所で何が起きたのかが観測できなかったのが惜しい」

「確かに。地獄からの浸食が止まった事で、以前なされた天使召喚のように悪魔も滅されてしまったと思ったのだが……おや」


 少女が閉じていた片目を開ける


「どうした?」

「バレてしまったね。思った以上に厄介だ。帝国の冒険者」

「にわかに信じられんな……その冒険者が悪魔をどうにかして今従えているのだろう? 天使も滅したというし」

「ふふ。人間にできる芸当ではないねぇ。だが天使討滅に関しては種が割れている。創世王の武器が使われた形跡がある。悪魔をどう倒したかについては情報が無いがね」


 老年の男は目を見張った。


「まだ創世王の武具が現存していたのか。しかしそれを使うとはなんという。貴重なアイテムが失われたな」

「冒険者はそんな事を気にしないさ。使えるものは何でも使う。ある意味我々と同じ合理主義者だ」


 少女はクックッと笑う。少女も少しばかり興奮している様だ。

 老年の男は少しばかりため息を付く。


「あんな粗野な輩を同一視してほしくないが……悪魔がこの国に来るのだな」

「ああ。それもただの悪魔じゃない。地獄に爵位を持ち、領地を持つ。魔王に近しい存在だ。素晴らしい研究素材だよ」

「準備を進めねばならない。我々の崇高な目的の為に」

「勿論だ。同志は悪魔を呼び込むだけで満足だったようだが我々は違う。我々の目的はそう、悪魔の力そのものさ」

「然り。もはや人の可能性は模索し終えた。更なる進化が必要なのだ。天使は神のしもべ故に天使の力を得れば神に従属してしまう。だが悪魔ならば」


 二人は笑う。それは研究者としての笑みか、欲望者としての笑みか。

 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだという事実を、この時二人は認識していなかった。




 <魔道列車内部>




 マステマに殺された吸血鬼は大した情報も残さなかった。

 吸血鬼の死体は灰になって消えてしまい、衣類だけが残された。


 俺達は列車の上から列車の内部へと戻る。


 丁度駆けつけてきたバーテンダーは警備と共に司祭も連れてきたので、司祭にアーネラの治療と呪いの払いを依頼する。


 アーネラの血を吸った吸血鬼自体が死んだので、大した影響は残っていないだろうが念の為だ。


 ノエルに介護を任せ、俺は警備の人間と話す。

 マステマはアーネラの傍についていた。


 警備の人間の話によると、乗務員は半年ほど前に魔道列車に乗るようになったらしい。

 陰気な人間だったようだが、仕事はするので問題はなかったようだ。

 あまり警備とは交友は無かったらしい。


 バーテンダーとも話をしたが、思い返すと確かに日の光を嫌がっていた節はあったという。

 吸血鬼が乗務員として潜伏していたのは間違いない。


 この乗務員の時だけ偶に貧血を起こす女性客が居たのだが、魔道列車に酔ったのだろうと処理されていた。


 話を聞く限り上手く溶け込んでいたようだ。

 このまま過ごせばあと何年かは安泰だったように思うのだが、恐らくそうできない事情が起きたのだろう。


 それに、マステマをずっと見ていたあの鳥も気になる。

 帝国では魔導士は余り使い魔を使わない。


 こういってはなんだが好戦的な傾向があるから、使い魔に魔力を使う位なら自分で魔法を撃つ魔力に回す。


 それに対してノウレイズ魔道国の魔導士は、使い魔を持つことが一つのステータスとなっていると調べた時に載っていた。


 視覚や聴覚の共有も出来、非常に便利らしい。

 あの時の鳥は普通の鳥の挙動とは思えなかった。


 誰かが吸血鬼とマステマの戦いを覗き見していたのだろう。

 問題はそれが誰かという事だ。


 全く厄介事はどこでも起きる。


 しかし使い魔か。

 向こうで学園に入学すれば俺も持つことになるのだろうか。


 俺はこれ以上世話をする存在を増やしたくはないが。

 マステマが使い魔なら丁度いいな。


 マステマが顔を上げる。

 少しだけ不機嫌な面だ。


「おい、何か今不埒な事を考えたか?」

「おお、流石に悪魔は勘が良いのか?」

「別にお前ならある程度許容してやってもいい。きちんと言葉に出すなら」


 そういって釘を刺してきた。

 頼みがあるならちゃんと言えという事だろう。尤もだ。


 アーネラの意識が戻る。

 少しだけぼんやりとしていたが、最後に聖水による清めで意識もはっきりした。

 慌てて俺に謝ろうとするが、気にするなと伝えた。


 司祭に礼を言い、心付けを渡す。

 司祭は一度断ったがお布施として、と伝えると二度目は受け取る。


 バーテンダーの証言もあり、俺達は警備からも解放された。

 周囲はもう夜だ。

 窓からの景色も暗くて楽しめたものではない。


 俺達は個室に備えられたベットで寝ることにした。

 起きて朝食を食べれば、いよいよ目的地、ノウレイズ魔道国に到着だ。


 俺は久しぶりに心を躍らせて眠った。



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