第43話 皇族の恥さらし

 カスガルの店で食事をした後、総支配人室でカスガルと向かい合って座る。

 レナティシアは挨拶だけで済ませた。


 カスガルはグラスに魔法で作った球体の氷を入れ、そこに蒸留酒を注ぐ。


「氷の魔法も使えたんだな」

「ふふ。氷系の魔法は見せたことは余り無かったか。俺は火以外はどうにも、な。だがこの程度は出来るさ」


 グラスの底を互いに突き出して音を鳴らし、二人で一気に中身を煽る。

 強くて良い酒だ。

 カスガルは再び酒をグラスに注ぐ。


 球体の氷が転がり、グラスにぶつかる音がする。


「良いだろう? 最近仕入れ始めた帝国産に拘った蒸留酒だ。水も麦芽も厳選したものを使ってる」

「さしずめ帝国に乾杯と言ったところか」

「ああ。この国は俺も好きだ。この国は俺の夢をかなえてくれた。そうだ、こいつを食べてみろよ」


 そう言ってカスガルは器に盛られた飴を持ってくる。

 見た目は只の飴だ。


「安物の飴なんだが、こいつと良く合うんだ」


 そう言ってカスガルは飴を複数掴むと口に放り込み、噛み砕く。

 そして酒を口に含み、飴と共に飲み込む。


「ふぅ」

「ほぉ」


 俺もそれに倣い、飴を頬張る。

 噛み砕くと砂糖の甘味と柑橘系の酸味が口に広がる。


 それを強い蒸留酒で胃に洗い流す。

 酒の香りと飴の風味が良くあっていた。


「確かに、これは良いな」

「だろ」


 カスガルが笑う。

 俺もフッと笑い返した。


 しばらく思い出話などを話しながら酒を飲み続けた。

 途中からはペースを落としたが蒸留酒二本を飲み切り、俺もカスガルも程よく出来上がっている。


 正気を失ってはいないが、やや夢心地といったところか。

 三本目を出そうとしたカスガルを制し、輪切りにした酸味のある果実を入れた水を飲む。

 熱くなった体に水の冷たさと爽快感がしみ込むようだ。


「それで、どうしたんだ今日は」


 カスガルが飴を齧りながら言う。

 ようやく本題だ。楽しい時間だったのでつい忘れてしまっていた。


「んん、そのな」


 俺は咳払いをして深呼吸する。

 他の誰であっても緊張しなかったが、カスガルにだけは少しばかり緊張してしまった。

 兄弟のような、友人のような、戦友のような関係だったからこそか。

 カスガルが俺に店を持って冒険者を辞めると言った時も、今の俺と同じ気持ちだったのかもしれない。


 カスガルをもう少しだけ理解できた気がした。


「冒険者を一旦中断して魔導士見習いになろうと思ってな」

「お前が? 誰よりも強い戦士になったお前が魔導士の見習いをするのか?」


 カスガルは酔いもあって腹を抱えて笑った。

 ひとしきり笑った後、涙を拭いて水を飲む。


「そういえばお前が魔法を使うときは、簡素な魔法でも楽しそうにしていたな。今思えばだが……。武具もやたら魔法の効果があるものばかり集めていたし。便利だからという理由だと思っていたが、そういうことか」

「ああ。まぁお前に言うのは憚られてな」

「おいおいなんでだよ」


 褒めることになるから恥ずかしいが……。


「俺が最強の戦士ならお前は最強の魔導士だからだよ。最強の魔導士にこれから魔導士の見習いになりますなんて恥ずかしくて言えん」

「そんなことは無いさ。俺も最初は何も分からない見習いだったし、お前もいくら強くたって最初は並の戦士だっただろう」

「まあ、な」

「魔導士ってことは魔道学園に行くのか……あそこは帝国の皇居ほどじゃないが色々と黒い部分があるぞ」


 黒い部分ね。皇女様とのお付き合いで色々と垣間見てきている。


「それはどこも同じだろう。権力や利権があれば派閥も出来るさ」

「お前に忠告する事ではなかったか。まぁ、楽しんで来ればいいさ。大成しようがしまいが、お前はもう成し遂げているんだからな」

「ふん。お前よりも優れた魔導士になってやるさ」

「それは楽しみだ。その時は帝国一の料理人になって待っているとしよう」

「その時は肉を焼いてくれ。分厚いのをな」

「分厚い肉は見た目は良いが、それほど美味いもんじゃないんだが……いや、上手く調理してやるよ。それじゃあ、そうだな。俺たちの未来に」

「乾杯」


 水を入れたグラスを再び突き合わせる。

 そして水を一気に飲み干した。


 その後泊っていけとカスガルに誘われたが俺は断った。

 少し歩きたい気分だ。


 少しふわふわとしたような気分で歩く。

 良い気分だ。これほど良い気持ちで酒が飲めたのは何時振りだろう……。


 残念ながらそれは長続きしなかった。


 カスガルの店から離れて暫くすると、囲まれている事に気付いた。

 酔っていても分かるほどの杜撰さだ。

 俺は立ち止まる。

 今の俺は武装していない。


「出てこい。今は気分が良い。今失せたら見逃してやる」


 すると暗がりから出てきたのは帝国の騎士達だ。

 帝国の紋章が入った鎧が月明かりに輝く。

 だが騎士達の顔に見覚えはない。

 皇女様の派閥の騎士ではないようだ。


 奥からロイヤルガードが二人と見覚えがある男が歩いてくる。

 なるほど。俺が帝国を出ていく前に決着をつけたいのか。


「久しいな。天騎士」

「これはこれは。俺と顔を合わせるのが怖くてずっと会えなかった、継承権第6位の皇子様ではありませんか」


 正確には皇子ではないのだが、名前を覚える気にもならないし皇子で良い。


「黙れ。皇族に手を挙げて無事に済むと思ったか。ずっと機会を待っていただけの事よ」

「皇女様は知ってるんで?」

「あの忌々しい女狐も後でどうにかするさ。顔と体は良いからな。利用価値はある」

「はぁ。その程度の頭で皇族ってのは随分と不幸な事だなぁ。皇居ではさぞかし肩身が狭いでしょうなぁ」

「貴様、私をどれだけ愚弄すれば……素直に頭を下げれば情けをやろうと思ったが止めだ。武器がないのは分かっている。殺せ。報酬は幾らでもやる」


 ああ、折角気持ちよく酔えていたのに。

 こいつのアホ面の所為でパーだ。


 ……こいつ等は何時もそうだ。

 自分たちが偉いと思っている。強いと思っている。


 だから知らないのだ。日々命を懸けて魔物と戦う冒険者の強さというものを。


 真っ先に斬りかかってきた騎士の剣を、俺は腹を叩いて砕く。

 脆い。安物だ。こんなものではオーガも斬れない。


 斬りかかってきた騎士は唖然として、そのままへたり込んだ。

 情けないが見逃してやるか。戦意が砕けている。

 俺と付き合いのある騎士は皆剣を上物に変えてある。


 この光景を見た事があるからだ。


 他の騎士達も動揺しているが、皇子が怒声を上げながらけしかけてようやく動く。

 遅い。どうせこの皇子に下についてうまい汁をすするだけのカスだ。


 紙一重で回避し、がら空きの胴や首根っこに打撃を叩きこむ。

 殺しはしていないが、数日は痛みで何もできない。


 俺が酔っぱらって弱くなったと思ったのだろうが。


「俺が弱くなったからと言って、お前らが強くなった訳じゃない。随分ひどい勘違いをしたな」


 騎士達を殴り飛ばすとロイヤルガードが出てくる。

 序列のナンバー持ちだ。

 だが皇子についているような奴だし下位だろう。見覚えもない。


 分厚い鎧に身を隠した程度で、俺に勝てると思うな。

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