第44話 時間切れ、だ
周囲の騎士達は慌てて逃げ去ってしまった。
どうせ危機が起きればああして逃げ出すんだろう。
俺は別に帝国の騎士そのものを見下しているわけじゃない。
日々厳しい訓練を己に課し、困難に備え、いざが起きれば命を捧げて国を守る。
歴戦の騎士ならば、卓越した強さを持つ者もいる。
才能よりも強固な信念で人間を国の盾として鍛え上げる者たちだ。
だが、組織というものはどこかが腐る。
楽を覚え、信念を失い、餌をくれるものの下で徒党を組む。
俺が最も嫌いな連中だ。こういう奴らは弱い人間から平気で奪うようになる。
盗賊と何が違う?
弱いものから不当に奪うことは、嫌悪されるべきだ。
残ったのはロイヤルガードの二人と名前も忘れた皇子だけ。
皇子は俺の言葉に気圧されているものの、左右に控えたロイヤルガードの存在を思い出したのかすぐに気を取り直した。
「以前お前は俺の護衛ごと俺を吹き飛ばしたな。あの屈辱を忘れた日はないぞ。いくらお前が強かろうが、この二人に素手で適うまい」
ロイヤルガード。
帝国騎士の精鋭のみで構成された皇族の護衛騎士。
複数いるロイヤルガードの中でもそこから更に10の序列があり、特別な騎士として扱われる。
皇子の左右に控えたこの二人は鎧にそれぞれⅦとⅧの文字が見えた。
数字持ちのロイヤルガードといえども別に皆が清廉潔白ではない。
皇帝を守る序列一位のロイヤルガードは酒と女好きだし。
この二人も金か何かで動いているのかもしれない。
図体はでかい。オーク並の体格だ。
背丈も厚みもほぼ同じに見える。
二人は剣を同時に抜き、左右対称の構えをする。
これは……。
二人のロイヤルガードが同時に動く。それなりに早い。
完璧に合わさった斬撃だ。俺は見切って懐に潜り込み、左側の騎士の腹を全力で蹴り飛ばした。
安物の鎧なら靴の裏の跡がくっきり刻まれるぐらいの力を込めたが、ロイヤルガードの鎧は奇麗なものだ。
ロイヤルガードは帝国の武力の象徴であるから、装備も優遇されている。
鎧は最高品質のものだし、武器も良質なものを使っている。
もう一人の騎士の斬撃を躱し、腹に手を当ててゼロ距離から殴る。
衝撃は鎧を抜き、直接肉体に行く。
少しだけ後ずさったが、すぐに構えなおした。
それなりに鍛えている様だ。
伊達に数字持ちではないか。
二人は同時に剣より盾を前に出した。
随分と息が合うじゃないか。
左右から盾で挟み込んでくる。それを後ろへ飛んで躱すが、すぐに二人が方向転換してこちらに突っ込んできた。
俺は腕を顔の前に置いて防御する。
次の瞬間、岩に殴られたような衝撃に襲われ大きく吹き飛んだ。
俺は何度かステップを挟んで着地する。
大した攻撃力だ。
それにこの二人の異常な連携。
「双子か。訓練で出来るような息の合い方じゃない」
ロイヤルガード達は答えない。
だが間違いない。
以前遭遇した影の魔物が似たような事をしてきたのを覚えてる。
一心同体の動きは対峙した相手を戸惑わせる。
口の中を切ったようだ。
血を地面に吐き捨てる。
皇子はその様子を嬉しそうに見ている。
ロイヤルガードの鎧相手では、俺が触媒も無しに使える魔法は簡単に弾くだろう。
全く面倒な事だ。
再び相手が盾を持って迫る。
この二人は大きな体格を活かし、この連携で相手を追い詰めて倒す。
そういう二人で一つという戦い方なのだろう。
だから序列で下位の数しか与えられないんだ。
俺は両手をそれぞれの騎士の盾に当て、突進を止める。
凄まじい荷重が両腕に掛かり、筋肉が盛り上がる。そして後ろへ大きく後退させられる。
だが、壁があと少しというところでロイヤルガード達の突進が止まる。
指が盾にめり込むほどの力で握り、全身の筋肉が引き絞られて相手の力に対抗する。
凄まじい痛みが全身に起きるが今は無視する。爪がはがれたな。
鍛えた人間の力を限界まで出せば多少壊れるのは仕方ない事だ。
力で圧す? 二人の連携で追い詰める?
そんなものは、相手が弱い時にしか通じない。
サイクロプスに力で勝負して何になる。
ドラゴン相手に連携して何が出来る。
巨大な力には巨大な力か、あるいは特別な何かが必要なのだ。
例えば悪魔相手に力で勝負など、自殺行為だ。
ロイヤルガード達の焦りが伝わってくる。
俺より大きな二人が全力で押しても、遂に押し切れないこの状況に戸惑っているのだろう。
ゆっくり、俺は前に進む。
拮抗は崩れ、俺に傾いた。
ロイヤルガードの二人がどれだけ力を込めてもだ。
更に前へ。
耐えかねた二人は盾を捨てる。そして再び剣を構えた。
俺は地面に落ちている逃げた騎士の剣を拾うと、それに付き合ってやる。
タイミングを合わせてくる二人の斬撃に、上手く剣を合わせるだけで安物の剣が刃毀れし、ダメになる。
「酷い安物だ。こんなものは使うなと言っておけ」
そう言って拾っては振り、壊れては捨て、拾っては防ぐ。
その度にロイヤルガード達は後退を余儀なくされ、ついに皇子の元まで押し返した。
「冒険者相手に何をやっている! 仮にもお前達は帝国の剣なのだぞ!」
「しかし、これほどの強さとは」
皇子が何か喚いているようだ。
ロイヤルガードの二人も些か戸惑っている。
「これを使う」
「それは……」
そう言って皇子が取り出したのは一組の双剣だった。
見るからに呪われているような形をしている。
「皇帝陛下には後から言っておく。早く殺せ!」
それぞれのロイヤルガードが剣を握ると、剣の魔力が使用者を包む。
詳細は分からないが、特殊な武器のようだ。
皇居に封じられて、外には出さない禁忌の剣といった処か。
ロイヤルガード達の様子が変わる。
どうやら剣に意識が乗っ取られたようだ。
そして先ほどより遥かに早く動く。
もはや連携などあったものではない。
叫びながら斬りかかってくる姿はまるで魔物だ。
「天騎士、ここで死ね!」
興奮しすぎて唾を飛ばしながら皇子が叫ぶ。
後のことなど何も考えていないのだろう。
馬鹿に権力を与えてはいけない。
少し面倒になってきたな。
俺は剣を躱しながら少しだけ講釈を垂れてやる。
「なぁ、この世には三つ力がある。何かわかるか?」
「権力が最も強い力だ。黙れ!」
「権力と財力と、暴力だ。なぁ。俺ばかり天使や悪魔と戦う羽目になって、その大変さがいまいち共有されないんだ」
剣を躱す。少しばかり切り傷が出来るが仕方ない。
剣筋自体は単調だが速いからな。
「不公平だと思わないか? 俺ばかりがあの重圧を味わう羽目になった」
「何が言いたい」
「お前達にも味合わせてやりたい。実は時間切れでな。迎えが来ているんだ」
「っ見られても証人ごと殺せばいい」
「ほぉ。ならやってみるんだな。出てきていいぞ。マステマ」
ひた、ひた、ひた。
足音が聞こえる。
それは夜よりも深く、闇よりも暗い。
深淵からの来訪者。
剣に操られていた二人のロイヤルガード達すら、手を止めてそちらを見る。
夜の闇から顕れたのは、黒い衣装に身を包み、翼と角を持つ悪魔。マステマだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます