第41話 冒険者として、戦士としてのキャリア

 俺は奴隷達とマステマを引き連れて帰宅した後、マステマ用にあつらえた書庫に籠った。

 端からタイトルを読み、中身を読み漁る。

 元々本を読むことはあったが、知識を得る為に本を貪るのはかなり久しぶりだ。

 必要としている本は残念ながら余り無かった。


 趣味で集める程度で、本の種類もまばらだったからな。

 マステマは俺の足を枕代わりにして、寝たり本を読んだりと自由だった。


 この中では飲食しないという約束は守っている様だ。


 ノエルとアーネラが家事を全てやってくれるので、俺はありがたくやりたいことに集中できる。

 依頼にも出ず、数日間書庫に籠った。

 受けようと思えばいくらでもあるが、今必要なのは金じゃない。


 ここでは無理だなと判断し、借りている倉庫のアイテム類の換金を始める。

 馴染みの商人に即金化させる代わりに安く売ってやる。


 財宝類、アクセサリ、武器類。

 不要なものを処分していく。凄まじい額だ。

 商人は慌てて資金を確保しに行ってしまった。


「一体どのような心境の変化ですか?」


 商人の付き人の青年が俺に聞く。

 もう顔馴染みだ。


「何を言っても本腰を入れた処分をなさらずに、換金しやすいものだけをお売り頂いてましたよね」

「なんだ、不満か?」

「まさか、嬉しい悲鳴ですよ。旦那様があのように慌てて走るなど始めて見ました」

「面倒だったからだ。残すものはこれで頼む」

「お任せ頂けるなら私共は仕事をするだけですが。これは……」

「後は頼んだぞ」

「分かりました。お金は後で手形をお届けします」

「奴隷か留守番にでも渡しておいてくれ」

「ええ。明日には」


 倉庫の解約も商人たちに任せる。

 次に向かったのは鍛冶屋だ。


 ボロボロの雷剣を見せたら怒鳴られてしまったが、なんとかなるというので任せた。

 雷剣はもう一度手に入れるには金ではなく時間がかかる。

 使う機会はもう余り無いかもしれないが。


 オークションに出物がないからだ。

 一番気に入っている剣なので、出来れば持ち続けたい。


 天剣が抗議の為に震えたが、天剣を日常的に使ったら俺が壊れてしまう。

 完全に開放した天剣の後遺症はまだ残っている位だ。

 最近はマステマに構ってばかりだから嫉妬しているのか?


 拗ねて眠ってしまった。


 次に帝国の冒険者ギルドに行く。

 ギルド長のマーフスは以前に会ったよりも更にやつれていた。


 ギルド長の部屋に入り、椅子に座るとマーフスが開口一番で俺に向かって言う。


「引退か」

「別に冒険者を辞める訳じゃないさ。ただ……」

「ふん。以前した話を覚えているか?」


 あれはパーティーを解散してすぐの時だったか。

 遠い昔のように感じられる。


「ああ。覚えているよ」

「あの時既に高い名声をお前は持っていたが、今のお前を超える名声を持つものは王族でもそうはおるまい」

「だろうな。一応悪魔退治は王国の都合もあって伏せられてるらしいが」

「あんなもの、どうやっても覆い隠せるものか。公然の秘密だ」

「まぁな」

「天騎士。お前は良くやった。お前ひとりで一体どれだけ分の冒険者の仕事をしたか」

「褒めるなよ、照れるだろ」


 マーフスが出した茶を飲む。


「これからどうするつもりだ?」

「帝国から出るよ」

「……皇女様が許すのか?」

「許すさ。従っていたのは俺の善意であって、他の理由じゃない」


 俺の言葉にマーフスは呆れた。


「お前はまたそう言うことを」

「世話になったとは思っている。筋は通すさ」

「そうか。まあいい。引退する訳ではないのなら好きにしろ。冒険者とは」

「自由なものだ」


 最後にマーフスと握手をする。

 帰ろうとするとニア・ノアとあの時と同じく遭遇する。

 俺に寄ってきたニアの頭をガシガシと撫でてやり、最後に肩を叩いた。


「天騎士様???」


 何が何やらわからず、ニアはボサボサになった髪を直しながら呆気にとられていた。

 帝国の冒険者の未来はお前に託した。

 ベルギオンがでかい顔をするのは嫌だからな。


 幾つか場所を巡り、最後に寄るのは皇居だ。

 我らが皇女様にお目通りを願う。


 何時ものメイドが表情も変えずに案内し、何時もの部屋に通される。


 そこには皇女様一人だけが待っていた。

 護衛の騎士も居ない。

 メイドだけが給仕の為に残る。

 一応このメイドも護衛を兼ねてはいるのだろうが、多分皇女様なりに気を使っているのだろう。


「私が呼ばずにお前から来るのは……思えば初めてか?」

「ええ。何処かの皇女様が扱き使ってくれましたからね」

「悪いとは思っているよ。対価は払ってきたつもりだ」

「まぁ、そうですね」


 互いに黙り、注がれた紅茶を飲む。

 温めたミルクを混ぜて口に運ぶと、かぐわしい匂いが鼻腔に届く。


「私の耳には既に届いている。呼ぼうかとも思ったが」

「そうでしょうね。どうせ呼ばれるならと此方から来た次第で」

「……気は変わらんか」

「ええ」

「何をするつもりだ?」

「俺はね。どうやら追いかけるのが好きみたいで。サナリエ皇女様。貧困に陥った小さい子供が何を思うかわかりますか?」


 皇女様は少しばかり考えるが、首を振った。


「飯と寝る場所と服。そして成功する事。二度とこんな思いをしないように。ただそれとは別にね」


 俺は紅茶を飲み干した。

 そしてカップをソーサーに置き、両手を広げる。


「魔法って奴にあこがれるんですよ。ガキってやつは。ゴミ捨て場に落ちていた破れかけの絵本を見ては、魔法使いにあこがれてね」

「む? だがお前は」

「そう。俺は戦士としてここまで来ました。それは俺が戦士として強いという自覚があったからです」


 そう。俺は棒切れ一つで魔物に勝った時、魔法に対する憧れではなく生きる為の戦士を選んだ。

 それに後悔はない。結果的に此処まで来れたのがその証明だ。


「では、戦士としてのキャリアを捨てて1から魔導士を目指すというのか」

「ええ。残念ながら帝国は魔導士の聖地ではない。俺はベストを尽くしたい。時間は有限だってのは良く分かってますからね」

「魔導士ならば遠くの地、探求と英知の集うノウレイズ魔道国か」

「ええ。カスガルも一時期居たというあの場所です」


 俺がイメージする魔導士はカスガルだけだ。

 流石にあいつほどの奴が何人もは居ないと思うが。


「お前を手放したくはないのだが……帝国に敵対する気はないと思っていいのか」

「勿論。家も市民権も残しますよ。債券やら金貸しからの金も受け取らないといけませんからね」

「そうか。幸いお前にしか頼めない仕事もない。何かあれば私の名前を使え。少しは役に立つだろう。ダメなら帰ってこい」


 皇女様との話は終わり、メイドが俺を見送る。


「アハバイン様」

「なんだ?」

「……僭越ながら、貴方には魔導士の才はありません。魔力だけはありますが、それは」

「分かってるよ。結局のところ俺は道具に頼って魔法を使ってきた。魔導士としての俺は見習いも良い所だ」


 冒険者としてはそれで十分だからな。

 魔力があるのも、道具を使うために魔力を消費してきた結果だ。


「見習いから始まるなんて、楽しそうじゃないか。何かを始めることほど楽しいことは無い」


 メイドはその答えを予想していなかったのか、初めて表情が動いた。

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