第40話 今後の行く末

 俺が対単体で最強の人間だとすれば、カスガルは対集団で最強の人間だ。

 帝国からすれば絶対に敵対したくないだろう。

 味方には出来なくてもいい、敵対はさせたくない筈だ。


 俺なら敵対しても犠牲を覚悟で数で圧せばいつか倒せるだろう。

 だがカスガルはそうではない。

 帝国の軍隊全てを燃やせるのだ。冗談抜きで。


 耐魔術に優れた鎧の上からでも、だ。


 だからこそ、利害に聡い皇女様がカスガルを切り捨てるはずがない。

 この場所……帝都でも有数の立地が出自の怪しい冒険者に買えた事がその証明だ。


 皇女様は帝国内でも今かなり力を持っている。

 時期皇帝の皇太子と水面下で争っている話はあちこちから聞こえている。

 カスガルがこの土地を買おうとしたときには既に把握していたに違いない。


 皇女様はたっぷりのミルクと砂糖を紅茶に入れる。

 人の目が無ければこの人は甘党だ。本人曰く頭を使うから糖分が足りないという。


「お久しぶりです。サナリエ皇女殿下。そして初めまして。王女殿下」


 カスガルが一度立ち上がって二人の王族へ頭を下げる。

 二人とも座ったままカスガルの礼を受けた。


「元気よくやっている様だな。この店もこの様子であれば帝都でも良く流行るだろう」

「ありがとうございます」


 王女はお茶請けとして出されたケーキをフォークで切り取り、一口食べると顔をほころばせる。


「料理もおいしかったです。このケーキなんか絶品」

「私が作りました。お口に合って何よりです」

「御代わりを」


 皇女様がケーキを食べ終わり、皿をうちの奴隷に渡す。

 アーネラが別のケーキをよそい皇女様に渡す。

 アーネラは随分と皇女様に慣れたようだ。


 裏でマステマがケーキを摘まんでいる。

 まぁ良いか……。


「アハバインにも用があったが、あれからお前の顔を見てなかったからな。子供が出来たら皇居に会いに来い。何なら名づけも私がしても良いぞ」

「それは恐れ多い……いえ、行かせて頂きます」


 会話は和やかに進んだ。

 俺は黙っている。

 俺が此処にいるのは皇女様が無理やり連れてきたからだ。


 皇女様とカスガルの仲が悪い訳ではないが、カスガルの意思一つで皇女どころか帝都が燃えるのだ。それが怖くて仕方ないらしい。


 カスガル自身はそう怖い人間ではないのだが。まあこういう奴が一度切れたら手が付けられないのは間違いない。

 皇女様がきちんとカスガルと向かい合えば、カスガルはこの国に喜んで骨を埋めるだろう。こいつは苦労した分後は穏やかに過ごしたいだけだ。


 会談は終了し、皇女様と王女様は店を後にした。

 挨拶だけでもと何人か寄ってきたのだが、俺とカスガルを押し退けてまでという貴族は居なかった。

 カスガルだけなら招待客という事でホストに仲介を頼めたかもしれないが、更に俺までとなると難しいらしい。


 宴も終盤。皇女様達が帰ったのを皮切りに締めに入る。

 招待客を俺とカスガルとマステマが見送っていく。


 外の食べ放題もすでに終了して、撤収作業が始まっていた。

 仕方ないので奴隷二人をまた送り込む。

 というかニアも捕まえて手伝わせた。


「なんで? 天騎士様なんで??」

「招待状を忘れたお馬鹿さんはだーれだ」

「私でーす。手伝いしてきまーす」


 ニアは半泣きになりながら手伝いに行った。

 反省しろ。小さいミスが信頼を崩すんだからな。

 俺の後に次の頂点になる冒険者はニアのパーティーかベルギオンの大所帯になる。


 望む望まずに拘わらず、振る舞いを見られるのだ。

 ベルギオンはともかく、ニアにはまだその意識が薄い。

 急成長したパーティーにはありがちで俺達も苦労した。


 まあ俺ほど強ければ皇女様相手以外は自由だけどな。

 皇族ぶっ飛ばしたあたりで吹っ切れた。


 カスガルと最後に話すと、うちの奴隷は随分評価されたようだ。

 どの部署からも是非来て欲しいという。


 やらん。俺の世話をさせるための奴隷だ。

 気長に有能な人間を募集してくれ。


 ……パーティー時代を思い出す。

 今のカスガルの方がよほど活き活きしている。

 そうか。俺達のパーティーは終わったんだな。


 過去を振り返る日が俺にも来るとは思わなかった。

 ただ日々を駆け抜けていったあの時代はもう過ぎ去った過去で、二度と同じ日々は来ないのだ。


「どうした? アハバイン」


 マステマが俺の顔を覗き込んでくる。


「なんでもない」


 顔に熱い液体が流れていたのを俺は誤魔化した。

 俺の青春、か。


「ご主人様、もう帰りますか? ならお土産を頂いたのですぐに食事を作ります」


 ノエルがそう言うとバスケットを俺に見せる。

 アーネラも同じようなものを持っていた。


「そうか。なら帰るか」


 三人を引き連れて、太陽が沈んで朱く染まる帝都を見る。

 かつてカスガルが解散を俺に伝えた時、俺はまだやる事があると思った。


 だが、どうだろう。

 カスガルは天辺の景色は良いものだったが、見続けたいものではなかったと言った。

 あいつが望んだのは今日の景色だったのだ。

 違う道に進んだあいつは幸せそうだった。


 俺はこのままで幸せなのだろうか?


 地位も名誉も金もある。

 何もなかった俺は、なにも困らない人生を望んだのは間違いない。


 しかし、いざ其処にたどり着けば思っていたものとは違うという事だろうか。


 決して不満がある訳ではない。皇女様が頭を下げてでも仕事を頼む人間なんて他に誰が居る?


 ……そこまで考えて気付いた。


 簡単な事だったのだ。

 俺はどうやら挑戦者として生きることに意味を持っていた。

 追いかけることにこそ、挑むことに価値がある。


 俺の腹は決まった。

 最強の冒険者。最強の戦士になった今、次に目指すべきは……

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