第39話 パーティーはつつがなく進む

 俺がバルコニーの入口で警備員として突っ立っていると、配膳が終わったマステマが上から被さってきた。

 重い。首で支えないと頭がグラつく。


「仕事は終わった」

「そうか。ご苦労さん」

「うん。存分に労え」

「よしよし」


 頭をなでてやるとマステマは心地よそうにする。

 猫か?


「そういえば気付いてるか?」

「当たり前だろう。俺を誰だと思っている」

「ふーん。まあ私を倒した人間だしなー」


 マステマが言ってるのは内部に入った暗殺者の事だ。

 俺が把握する限り四人いる。

 どうにもマステマからするとその手の人間は血が匂うらしい。

 それで判断したという。余り覚える気がないので殆どの人間は同じに見えるらしい。


 名簿の人間とすり替わったのか、それとも他の方法で侵入したのか。

 まあここは只のレストラン兼ホテルだ。本気になった暗殺者の侵入を防ぐことはできないし、そもそもそんな想定はしていない。


 だから俺がこうして今日は此処に突っ立っているわけだ。警備員として。

 俺が居る場所に侵入してくるなんて、随分舐めた真似をする。


「お前は左をやれ。俺は右をやる」

「分かった」

「殺すなよ。というか力を込めるな。店が壊れる」

「どれ位で殴ればいい?」

「小指でつつく位でいい。俺に対してやったのを基準にするなよ。壁に血の絵が出来る」

「ふぅん。人間は脆くて大変だな」


 そう言ってマステマが消えて重さが無くなる。

 俺も行くか。


 暗殺者の狙いは……あの王族二人しかないだろうな。

 なんせ護衛もなく今なら暗殺者なら手を伸ばせば届くような距離だ。

 バルコニーだから遮るものもない。

 ボーナスゲームだと思っているのかもしれない。


 皇女様と王女様が来ることを何処で知ったのかは知らないが……。

 俺が居るという事は知らなかったのかな。


 冒険者業を長くやっていると、意外と暗殺者と対峙することがある。

 貴族や商人の護衛を請け負うことも多いからだ。

 実績があれば専属護衛として直接雇われるものも多い。


 暗殺者は人を殺すことだけに特化しており、冒険者として名を馳せても後れを取り殺されてしまうことはある。

 だが、俺たち冒険者は人間より遥かに強靭な存在と日々戦い競い合っている。

 そして俺はその冒険者として今最も高みにいる訳だ。


 全身の筋肉を引き絞る。

 急がないとマステマが動いた後だと逃げて取り逃すかもしれないからな。


 それじゃあ、狩りの時間だ。

 一階へ降りて目標の暗殺者へ向けて動く。


 二人いる暗殺者は男女のペアで、格好はごく普通のパーティー向けの格好をしていた。

 飲み物を飲みながら談笑しているが、視線は常に二階の二人に向けられているのが分かる。


 俺は気配を絶ち、客を上手く避けながら暗殺者二人に近寄る。


 大きく踏み出せば届く距離まで近づくと、向こうも俺を認識した。

 男性客の方が飲み物をテーブルに置き、背中に手を伸ばす。


 遅い。


 俺は距離を詰めて男性客の前に立つ。

 男性客は驚いたように装うが、わざとらしい。普通はもっと驚くものだ。


「何か?」

「バレバレだ。もう少し隠した方が良い」

「何の話だか分からないな。警備員が私に一体」


 腹に一発いれると男性客は崩れ落ちた。

 背中に握ったナイフが地面に落ちる。


 同時に後ろでも騒ぎが起きる。マステマだろう。


 女性客は皇女様を目標に定めて飛んだ。

 だが俺はその足首を掴み、地面に叩き下ろした。

 女性客は受け身をとったものの、足首を掴まれているから動けない。


 靴底から毒を塗った隠し刃が出るが、予測していたので脅威ではない。

 体を仰向けにして谷間からダガーを取り出して皇女様に向けて投げた。

 弾きに行こうかと考えたが、アーネラが咄嗟にトレイを掲げて弾く。


 やるじゃないか。皇女様に抱きしめられてる。


 俺は女性の扱いも理解しているつもりだ。

 だが、暗殺者を女性扱いする訳にはいかないな。

 足首を持ってつるし上げ、胸を蹴り飛ばした。


 大きく跳ねた後に暗殺者は気絶してしまった。


 男性客の方が床を這って逃げようとしたが、残念ながらマステマが目の前に立っている。


 マステマが男の頭を踏みつけ、右手を突き出して2本の指でピースした。


 俺は呆気に取られている招待客に向けて手を叩き、全体に響くように大きな音を立て注目を集める。


 招待客には血気盛んな冒険者もいる。

 早めに収拾をつけないとトラブルの元だ。


 ニアなんか既に臨戦体制だ。

 武器の持ち込みは禁止しているが、上位の冒険者は肉体が既に武器だからな。


「皆様。お騒がせしました。賊が紛れていましたが、無事捕縛しましたのでご心配無く! それでは引き続きパーティーをお楽しみ下さい。皆様の安全は私、天騎士アハバインが保証致します!」


 俺の宣言で場は落ち着きを取り戻す。

 こういう時には名声が役に立つ。


 天騎士の名は伊達ではない。

 天使の次に悪魔を倒したから天魔騎士というのはどうだろう。

 語呂が悪いな。


 店の外、更に離れた場所で待機していた皇女様付きのロイヤルガードに暗殺者を引き渡す。

 相変わらず俺には渋い顔をする。

 だが一応礼は言われた。


 精進しろよ。


 その後は和やかな空気のままパーティーは進行した。


 カスガルの挨拶から始まり、魔法を使った一発芸なども披露し、少しだけカーテンが焦げて大焦りしていたり。王女様が飛び入りでその素晴らしい歌声を披露したり。


 何故かうちの奴隷二人が舞台に上がり、ダンスを披露していた。

 スカートの中には露出対策としてしっかりハーフズボンを着込んで見えないようにしていた。

 二人のダンスはキレッキレで、一番反響が大きい。

 中にはお捻りをステージに投げる客もいたほどだ。


 見た目が可愛い上に、他人に自らをより可愛く見せることにかけては相当上手い。

 奴隷二人のダンスが終わると、大きな拍手で惜しまれていた。


 その後、しばらく談笑の時間になる。


 貴賓室にて俺とカスガル、そして皇女様と王女様の四人が席に座る。

 給仕は仕事を終えた奴隷二人に任せた。

 四人のカップに紅茶が注がれる。

 帝国産の高級な紅茶だ。砂糖なしで酸味のある果実をスライスして乗せるのが好みだ。


 厨房の後始末は本来の料理人たちだけでやらせればいい。

 

 カスガルは緊張している様子だった。

 皇女様に負い目があるらしい。気にすることは無い。


 火の支配者。こいつはその気になれば国を一人で落とせる人間なのだから。



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