第37話 皇女と王女

 店が遂に開店した。


 とはいえいきなりどっと人が流れ込む、という事もない。

 店の外側での立食パーティー用に次々と料理が運び出され、取りやすいように切り分けられていく。


 パンはライ麦を使った黒パンと上等な白パンが焼かれて用意され、バターが添えられている。


 サラダに肉類の料理、ロック鳥の卵を使った料理もある。

 魚や鳥を揚げた料理は良い匂いをさせていた。


 ステーキは鉄板で直接焼いて取り分けるようだ。


 大柄の料理人が豪快に焼いていく。


 皿は次々に取られて、客が自由に盛り付けていく。


 スープは大鍋にして置かれ、火の魔石を底に敷いて常に熱々になるようにしている。

 様々な野菜と上等な燻製肉を使ったシンプルながら食欲が増すスープに、トマトをふんだんに使った赤いスープを運ぶ。


 今の時期は少しだけ涼しくなってきた季節だ。外で待っていた人には染みるだろう。


 デザートにチーズを使ったケーキや薄めた砂糖水に付け込んだ果実の盛り合わせなど。


 マステマは名残惜しそうに見ていたので、外の配膳が終わったタイミングでバターを塗った白パンを口に押し込んでやった。厨房に行ったときノエルから貰ったものだ。

 ノエルと話すと、ここにいる料理人は腕は良いのだがあまり大勢での作業になれていなかったらしい。そこでアーネラとノエルが入ることで一気に問題が解決し、二人の指示で厨房が動くようになってしまったという。


 俺も腹が減ったので食べる。

 柔らかい。良いパンだ。毎日でも食える。


 マステマは小動物のようにパクついている。


 外は特に問題もなく、後は料理が無くなるたびに交換すれば問題ないだろう。

 一応皿や食器は安物だ。


 持って帰るやつもいそうだし、一々それをとがめるのも難しい。

 それなら持ち帰られる前提で用意すればいい、という事らしい。


 持って帰った客は自慢するだろうしな。

 それを聞いた客が来た時ごねれば初日だから特別に許可したとでもいえばいい。


 警備員はなぜか俺がトップになったのでざっとだけ指示する。

 外を多めに配置した。少量だがアルコールも配っているからな。


 中は俺とマステマが居れば後は少し人手があれば良い。


 招待客も店に入っていく。

 受け付けは若い女性が二人で担当していた。


 スムーズに受け入れ出来ている様だ。


 少し後ろで眺めているとニアの番が回ってくる。

 早速招待状を出そうとするが、いくら探しても出てこないようだ。


 受付嬢も笑顔は崩してないがいささか困った様子をしており、後ろの客もじろじろとニアを見始めた。


 ニアは余計に焦るが見つからない。

 サブリーダーのマーグはため息を付いてさっさと行ってしまった。


 俺は仕方なくニアを連れて奥へ行く。


 これ以上は他の客の迷惑だ。


「て、天騎士様……本当に警備員やってる。ここの警備最強じゃん」

「そりゃ警備員をするために来てるからな。招待状を失くしたのか?」

「うーん、確かに此処に入れたと思ったんだけどなぁ」


 そう言ってニアがポケットを探るも、ポケットの先から手が出る。


「穴が開いてるなぁニア」

「開いてますねぇ天騎士様」


 わっはっは、と二人で笑うとマステマが奇怪なものを見る目で俺たちを見つめてきた。


「この子がマステマちゃんかー」


 ニアが恐る恐る頭に手をやろうとする


「奇麗な髪。触って良いかな?」

「許す」

「許されたー」


 ニアは丁寧にマステマの髪を触る。


「絹糸みたいだね。すごくサラサラしてる。それに吸い込まれそうなほどの漆黒だ。これは美人さんになるなー」

「気分が良い。もっと褒めていい」

「あはは。結構面白い子だね」


 悪魔って成長するのかな。まぁ今のマステマは割と人間に近いらしいが。


「それにしてもこの格好は天騎士様の趣味? こういうのが好きなの?」

「嫌いじゃないぞ」

「今度着てあげるね」


 ニアは性格は軽いが見栄えは良いから似合うだろうな。


「それで……やっぱり入れないかな?」

「まぁ身元は分かってるから入れてやるよ」


 俺は受付嬢と話してニアの欄に丸を付ける。


「貴族のパーティーでもないからな。貴族の参加者は居るみたいだが場所は分けられてるし」

「ありがとー! 料理楽しみだったから、お預けなんて辛いから助かった」


 マーグもこうなることを見越してさっさと行ったんだろう。

 ニアを案内し、再び受付に行くとほぼ招待客ははけたようだ。


 だが、最後に来た二人が問題だった。


 受付嬢は二人とも固まってしまい、俺に助けてという視線を全力で向けてくる。

 そうなるのもまぁ仕方ないだろう。


 最後の二人は招待客のリストには無い。

 カスガルとしては不義理を働いたと思ってあえて出さなかったのだろうが、こんなイベントに顔を出さない筈がないからな。


 我が国の皇女様は。


 青く長い髪はそれだけで目を引くのに、更に整ったプロポーションを薄紫のドレスに包み、薄く施されたメイクはその美貌を際立たせている。


 隣にいるのは王国の王女様だ。


 皇女様と対比するかのような長く赤い髪に、ややきつめではあるが、それが魅力に映る絶世の美人。プロポーションは少し慎ましいが、水色のドレスが大変よく似合っていた。


 ちょっとグレードのいい店のオープンセレモニーで来る二人じゃないのだが。


「私たち二人、参加できるかな?」

「あ、あの。サナリエ・アリエーズ皇女殿下……」


 招待客ではないが断る事なんてできる訳もない。

 受付嬢は笑顔を崩さないだけで大したものだ。


 俺はマステマを連れて二人の前に出る。

 皇女様と王女様が俺に気付く。いや元々気付いていたな。


 皇女様は咄嗟に笑いをこらえようとした。丸わかりだ。

 王女様は俺を見ると、ドレスの裾を掴み、すっと頭を下げる。


 俺は王女より頭を下げることでその敬意を受け取った。


「アハバイン殿ですね。貴方には国としても私個人としても感謝しております」

「一人の冒険者として当然のことをしただけです」

「例えそうでも、それが出来るのは大陸に貴方だけでしょうね」


 そして王女様はマステマを見る。

 そこに含まれる感情はいかなるモノか、推し量るのは難しい。


「大人しい子ですね」

「ええ。もう暴れたりはしませんよ」

「是非、復興した王国を見に来てね」

「……お前か。その血は覚えがある」


 マステマはそう言うと、俺の後ろに引っ込んだ。

 こいつに後ろめたいという感情はなさそうだが……血か。


 この二人を帰すわけにはいかないので、俺が直接エスコートすることにした。


 幸い二階にいい席がある。他の貴族とも分けれて便利だ。


 二つの国の王族の美女二人を連れてエスコートするのは、悪くない気分だった。

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