第22話 ケラー枢機卿、その格好はやり過ぎでは?
神の存在をもはや疑ってはいないが、だからといって信仰している訳ではない。むしろ迷惑を被った側だ。
そんな俺が帝国内の教会統括者であるケラー枢機卿と縁があるのは、あの蒼の日が原因だ。
信仰の行き過ぎた神父が神の証明をしようとして、様々な条件と不運が重なり天使の召喚が起きてしまった。
召喚された天使はその巨大すぎる力の重さで世界を歪めていき、歪められた世界は蒼く染まる。
眠った状態でそれだ。駆け付けてきた帝国軍が排除を試み、目を覚ました後は悪夢としか言いようが無かった。
天界より無理やり呼び出された天使は当然怒り狂ってしまい、帝国軍は壊滅的被害を受けた。
皇女様は親衛隊の守りがあって尚死にかけた。
三日間天使の侵食は続き、帝国の空が夜でも蒼く染まってしまい、その非現実的な光景は美しさより不気味さが際立っていた。
当時の俺は火剣をようやく手に入れ上級冒険者に手が届いた辺りだった。
幸いというべきか、二度と手に入らない切り札を持っていた俺は観念してそれを使うことに決め……今に至る。
結果的に天使は封印され、実行者は召喚の巻き添えで真っ先に死んでいた。
俺は蒼の日の立役者として枢機卿のケラーと話す事になり、縁が出来たという訳だ。
本来なら枢機卿とすぐ会うのは不可能だが、天剣を持つ俺は特例として会える。
帝都の中心部に建てられたやや小さな教会の応接室で、俺は枢機卿を待つ為にソファーに座りながらも複雑な心境だった。
ニアは可愛い後輩だからかつい甘くなる。
だからあまり会いたく無かったケラーに会いにこうして待っている訳だが、やはり気は乗らない。
やがてドアが開き、一人の妙齢の女性がティーセットを持ちながら入ってきた。俺は視線で出迎える。
「お久しぶりね。天騎士卿」
「俺は教会騎士を辞退したはずだが」
「ふふ。その剣を持つ限り諦めて下さる?」
「ケラー枢機卿。急ぎの話なんだ」
入ってきた女性はケラー枢機卿その人だった。
衣装は相変わらずだ。
赤いシスター服だが、スリットは深く胸元も晒しており、スカートは後ろが足首まで長く、しかし何故か前が短くストッキングでその美しい脚を隠している。
衣装はところどころ装飾されており、見た目の派手さの割に枢機卿としての威厳も持ち合わせていた。
しかし、とても聖職者とは思えない格好だ。
ケラー自体が美人だから尚更目立つ。
もっともこの若さで枢機卿になった人物だ。
中身はとんだ食わせ者である。
危うく教会騎士に叙勲されそうになった事もあり、用事がなければ会いたくない。
ケラーは自らの手で紅茶の用意をする。
手慣れた様子だった。
紅茶の香りが部屋に満ちる。
「大教会の件でしょう? あそこは蒼の日以来破棄され、最低限の管理だけを行なっておりました……。それを悪用されたみたいですね」
「耳が早いな。使ってないなら話が早い。中に踏み込んでも良いな?」
俺の前にソーサーと紅茶の注がれたカップを置き、砂糖とミルク、そしてカットされた檸檬を配膳する。俺は砂糖だけ紅茶に入れた。
「そうは言っておりません。教会に諸侯の軍が押し入るなんて許可できませんよ」
「中に入ったのは生贄を求めるような邪教だ。そんな連中が中に入る方がまずいだろう?」
ケラーは紅茶にミルクを混ぜる。琥珀色の液体は乳白色が混ざり、白く濁る。
それを上品に口へ運び、カップを皿に戻した。
「あの蒼の日以来、邪教達の活動は活発になっていきました。我々もそれを抑え、調べておりましたが彼等がこれ程表に出てきたことはありません」
「侯爵の娘に手を出したんだ。尻に火がつきもする」
「焦ってはいるのでしょうが……天使の召喚が成されたのなら、悪魔の召喚も可能と考えてもおかしくないでしょう。そして天使召喚の現場である大教会にワザと逃げ込んだ」
「何か目的があると? しかし周囲は包囲している。逃げられないさ」
「……ならば良いのですが。彼等は手段を選びません。大教会に逃げ延びたものも一部に過ぎないのです。天使様を封じた剣を持つあなたも無関係では無いのですよ。決して気を抜かぬ様に」
「なに、敵として現れてくれるなら手間が省けるだけだ。あんたら教会の敵を代わりに潰す。それだけじゃないか。なぁ?」
元より侯爵はやる気だ。これは追認するかどうかであり、結果は変わらない。後々の話をしている。
それはケラーにも分かっているのだろう。
「枢機卿として、天剣の所有者へ教会騎士の代行を命じます。神の敵を討ちなさい」
「謹んでお受けします。枢機卿猊下」
教会に踏み込む許可を得る事が叶う。
ニアと侯爵に貸し一つ。ケラーに借り一つ、といったところか。
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