第21話 ニアからの緊急依頼

 数日間、俺は奴隷に世話を任せてひたすらだらけていた。

 朝昼晩、寝ていたら飯が出てくる。

 いやはや、これはダメになるなぁ。


 沈むソファで俺は最新の娯楽小説を読みながら慌ただしく働く二人を見る。

 家の中は隅々まで掃除が行き届いており、俺の好きな香を薄っすら焚いている。


 コップを口につけると、帝国名産の珈琲が流れ込む。

 コップが空になれば奴隷のどちらかが寄ってきてすぐに珈琲を入れ直し、お茶菓子が減っていれば補給する。


 ……、俺このまま動かなくても生きていけるのでは?


 俺は読書用の眼鏡をはずし、大きく伸びをする。

 疲れは完全に抜けた。俺もそろそろ働くとするか。


 手に持った娯楽小説を閉じる。続きは帰ってからにしよう。


 俺の荷物は完璧に整理されていて、俺が装備を付けるのを二人が手伝う。

 殆ど時間がかからず準備が終わった。装備もすべて磨かれている。

 一応奇麗にはしていたが、念入りに磨いたのは二人だろう。


「手際が良いな。助かる」

「いえ、行ってらっしゃいませ。ご主人様」


 俺が玄関を出るまで頭を下げるまで見送る。


 さて、稼ぐか。





 ……今日ギルトに来るべきではなかった。


「天騎士様ぁ、ね。手伝ってよ、ね! 頼れるのは君だけなんだ」


 俺は足に縋りついてくるニアを心底嫌な顔で睨む。

 しかしニアは俺のそんな視線を一顧だにせず、泣きながら獣人の膂力を発揮し俺の足にしがみつく。


「は、な、せ!」

「やだぁ! 離したら天騎士様逃げるでしょ。分かってるんだからね!」


 くそ、勘が良いじゃないか。


 ギルドに入って、依頼を物色し始めた俺を見つけるや否やニアは俺に突撃してきて、訳の分からないことを喚きながらしがみ付いてきたのだ。


 引きはがそうとするとこうして足に縋りついて来たのだ。

 やがて根負けした俺は引きはがすのを諦め、ニアの話を聞くことにした。


「天騎士様。話を聞いてくれるならその嫌そうな顔やめてくれないかなぁ」

「分かりたくないけど分かったよ」


 ニアの話は、以前助けた侯爵令嬢にかかわる話だった。

 侯爵家に招かれたニアは、なんとか上手く良い関係を築けたそうだ。


 令嬢からの信頼も得られて、援助の申し出もあったそうなのだが……。


「良い話じゃないか」

「そうだよ、すっごく良い話だよ。問題はそこじゃなくて」


 侯爵のラナケルド家の令嬢をさらった集団。

 赤いフードを被った連中だ。


 ラナケルド家は総力を挙げて追っていたそうで、ニア達のパーティーもそれを手伝っていたらしい。

 幾つかの拠点を潰した後に、遂に本拠地を探り当てた。

 そしてそのまま襲撃したまでは良かったのだが……


「逃がした? お前らが居て?」

「一人厄介な奴が居てね。それであいつ等が逃げ込んだ先が大教会なんだよ。今うちのメンバーと侯爵軍が包囲してるんだけど」


 大教会。帝国の中で一番大きな教会を指し、帝都の外れに位置する場所にある。

 一応帝国からも独立した組織であり、日々神の教えを説いている筈だが……。


「赤いフード集団が教会を占拠したのか?」

「どうにもちがうっぽくて……教会に踏み込むのって結構問題になるんだけど侯爵様もカンカンで。皇帝陛下にも直訴するっぽくて。それで天騎士様」

「嫌な予感しかしないがなんだ」

「天騎士様、枢機卿と仲がいいよね? 踏み込む許可を貰って欲しいんだ。なるはやで」


 無茶苦茶言いやがる。しかしこのままだと侯爵軍が教会に無許可で踏み込んでしまう。

 侯爵ならその意味も分かるだろうが、娘を誘拐した連中が逃げ込んだ先というのはまた……。


 やむを得ない。借りを作りたくない相手だが、仕方ないだろう。

 俺はニアに話をつけるまで侯爵を抑えるように指示し、帝国の教会を統括する人物に会いにいくことにした。


 枢機卿にしてアークビショップであるケラーの元へ。

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