第19話 家に誰かが居るというのは、悪くない。
用事を済ませ、ようやく俺は家に到着した。奴隷とはいえ少女を歩き回らせたのも良くなかったか。いやしかし奴隷は働くものだ。家に飾っておくつもりで買ったわけじゃないし。
俺は金の入った袋を金庫にしまう。鍵は付いていない。
不用心に見えるが、そもそもこの家自体に防犯機能が付いている。シンプルだが強力な、招かねば入れないという魔法だ。
奴隷の少女二人については家に入るときに登録を済ませている。
さて、と。
俺はソファーに腰かける。柔らかいクッションで体が沈む。
そして少女達に目を向ける。
少女達は立ったまま俺の次の言葉を待っていた。
対面にもソファーは用意してある。
「構わん、座れ」
「はい」
声をかけてようやく二人はソファーに座る。
座り方ひとつとっても行儀が良いというか、気品がある。
「ノエルとアーネラだったな」
亜麻色の髪がノエル。銀色の髪がアーネラだ。
「改めて言うが、お前たちを買った理由はこの家の維持と管理、そして俺の世話だ。冒険者をやっていると家を空ける事も多くてな。売りに出ていた家を買ったはいいが、家を空けてばかりでは家が傷む。かといって冒険者の家だ。金目の物はハッキリ言って多い」
少女二人は真剣な顔で俺の話を聞いている。
良い心がけだ。
「他人を入れて盗みを働かれるのも気分が悪い。そこでお前達を買った訳だ」
「お任せください。掃除洗濯炊事、いずれも十分こなせます」
「良い返事だ。きちんと働けば相応に扱う。それでだが、お前たちは得意な事はあるか?」
話しぶりなどからしても、俺が求める役割はこの二人なら十分果たせるだろう。
大変な重労働になる仕事はほぼ魔道家具に置き換えているから、真面目に働くなら少女二人でも問題ない。手際の関してはまだ分からないが、慣れれば良いだけだ。
なら、後は何ができるのか位は知っておきたい。所有物でもあるからな。
まずノエルが答える。
「私は計算と舞踊が出来ます。小さなお店の帳簿位なら書けます」
続いてアーネラが答える。
「私も舞踊と、補助魔術が使えます。魔力は平均より多いと言われました」
舞踊は必須技能か何かか? まぁ可愛い少女が踊ればさぞ見栄えが良いだろう。
基礎的な教養は修めた上でノエルは計算を、アーネラは補助魔術を、か。
ノエルには仕事を手伝わせるのも良いかもしれんな。
どんぶり勘定では冒険者はやっていけない。
収入と経費の計算は必須だが、これがめんどくさい。
しかし例えばパーティーを組んでいても、リーダーに収支を投げっぱなしなど論外だ。
カスガルは悪人ではなかったし、パーティーの清算金もほぼ予想通りの額だったが。
ノエルに計算をある程度任せて、確認するだけになれば楽になるだろう。
ノエルならちょろまかす意味がない。むしろ俺が稼げば稼ぐほど奴隷の待遇はよくなるのだ。
「では、二人とも踊って見せろ」
「はい」
とりあえず踊れるというから躍らせてみる。
二人はすぐ立ち上がり、周りに物がない場所に移動すると俺に頭を下げ、踊り始めた。
多分一緒に練習していたのだろう。息が合っている。
俺に踊りの良し悪しは分からないが、随分キレがいい。
キレがいいからスカートのひらひらがよく舞っている。
その中も見えそうで見えない……いや普通に見えている。
だが、流石に欲情するにはまだ若すぎるな。もう数年後にはいい女になるだろう。
笑顔を俺に向けながらスカートをひらひらさせて踊る少女二人。
はたから見るとなんというか、間抜けだな。
奴隷の二人は真剣そのもので踊っていたので悪い気がしてきた。
俺は手を叩いて踊りを止めさせて褒めてやる。
汗を流しながらそんな俺に対して深々と頭を下げる二人。
よく躾けられているし、使い潰すのは勿体ない。大事にするとしよう。
二人は汗をかいていることだし、風呂場に案内する。
魔道家具の扱いは問題ないようだ。
魔道家具は魔石で稼働する。俺がいるときは俺が補充するし、俺がいないときに切れたら魔石屋に行かせて魔石の交換をさせる。
金は金庫からもっていかせる。あの二人なら衝動で動くまい。
盗まれたら盗まれたで残念な事だが……。
家の事を任せるなら俺が居ない間の金の管理を任せることになる。どちらにせよ金庫の金は任せるしかない。
風呂を洗うついでに入るように指示する。数日分の消耗品や着替え、タオルは持ち帰ってあるので問題ないだろう。急がなくても良いと指示を与えておく。
いちいち指示するのも面倒なので、いずれは勝手に動けるようになってもらうか。
好事家なら一緒に入って洗わせるんだろうなぁ。
背中位はいずれ洗わせるか。
俺はソファーに寝っ転がると、そのまま目をつむる。
最近は特に忙しかった。思えばパーティー解散からじっくり休めていない。
身体の奥には重い疲労がたまっているのを感じる。
俺はそのまま眠りに就いた。
――目の前に浮かぶのは、蒼い世界。
そこに佇むのは一人の少女だった。
ただ立っているだけで荘厳な空気を生み出している。
その背中には、純白の眩い羽が二枚生えていた。
天使。かつて帝都に出現し、あまりに強すぎるその力は、世界を捻じ曲げて彼女の世界である蒼へと塗り替えていった。
天使たった一人で世界が消える。そんな光景に対し、俺は小さな短剣を掲げ――
鼻腔をくすぐるのは、香しいスープの匂いだ。
俺はゆっくりと目を覚ます。
何かを煮込む音と、肉を焼く音。
野菜を刻む音もする。
俺が音の方へ目を向けると、少女二人が手際よく料理をしていた。
食材は用意していなかったな。恐らく買ってきたのだろう。
俺はしばらくその姿を眺めることにした。
天剣は静かに佇んでいる。寝坊助め。
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