第11話 皇女様と会うときは俺だって緊張するぜ

 冒険者にとって正装とはなにか、と問われたら俺はこう返す。

 冒険の時に着ていく服だ、と。


 ドレスコードは知っているし、そういう店ではそういう服を勿論着ていく。


 しかし冒険者としての功を労うための場に着ていくなら、俺は冒険者としての服装で行く。

 冒険者と帝国貴族は同じ世界を生きている訳ではないが、その実共存関係にある。

 へりくだるだけではダメなのだ。


 中々同業にはわかってもらえないのだがな。


 皇女様からもらった手紙には日付も記入されていて、俺はその日付に皇城へと到着した。

 武器は俺の象徴でもある天剣のみ。本来皇族と会う際の武器の持ち込みは禁止だが、俺は許されている。国に対する貢献度が違うんだよ、貢献度が。


 皇女様の命を何度か救っているしな。わざわざ自分が助けた命をこの手で失うなんて馬鹿げている。


 皇城の門番に皇女様からの手紙を見せて通してもらう。

 門番は全身フルプレートの騎士で、動きこそ鈍重だが大型の魔物よりよほどタフだ。

 鎧には耐魔術に優れた金属が混ぜ込まれており、大規模魔術でも倒れない。


 俺がもし戦うなら? 俺がいくら強いからってめんどくさいから放置するね。優秀なタンクとは戦わないのが一番だ。


 一人の兵士が俺の案内の為に先導する。

 若い兵士だがよく鍛えられているのが分かる。帝国はやはり強い国だ。

 冒険者を続けるうえで発展し続ける良い国に居るのは大切だからな。


 兵士は戦場での俺を見たことがあるのか、合間に話しかけてくる。

 俺も無体にするつもりはないので相手にしてやる。


 応接間に到着すると、兵士は立ち去った。


 俺は少しばかり逸る気持ちを抑えて、応接間の扉をノックする。

 扉を開けたのは髪の長いメイドだった。確か皇女付きのメイドだ。


「どうぞこちらへ」


 メイドに案内されて俺は応接間に入る。ここに来るのは二度目になるか……。

 前回は天騎士と呼ばれた頃だな。馬鹿どもがトチ狂って呼び出してしまった天使の降臨に皇女様も巻き込まれて、結果的に俺が助けることになった。


 あれから3年は経つか……。思い出したくもない。いくら俺でももうこりごりだ。トチ狂った連中は地獄に行ってもらった。天剣が震えるのを、俺は柄を抑えて宥めた。


 応接間は中々広い。奥には椅子に座って皇女様。傍らに控えるのは執事。壁には数人の護衛の騎士がいる。


「ああ、よく来てくれたな。天騎士。先日の竜討伐はご苦労だった」


 よく通る鈴を転がすような声。青く長い髪に整った容姿。目つきは少しきつめだが、それがよく似合っていた。


 現アリエーズ帝国皇帝の長女であり、継承権第二位。皇女サナリエ・アリエーズ。


 俺達、いや俺の一番太い顧客だ。要求も随分高いが、な。


「お前にはいつも助けられている。感謝しているよ」


 俺は促されるままに椅子に座り、メイドがお茶を入れる。一息で飲み干した。無作法だが茶を楽しみに来たわけじゃない。メイドが即お代わりを入れてくる。


「それは何よりです皇女様。それに見合う報酬は頂いているので」

「本来は他のパーティーが担当する予定だったのだが、2年はかかると言われてな。お前達ならやってくれると思ったよ」


 普通はかかるよ。俺たちは三人しかいないから一気にやるしかないだけだ。それを皇女様に言っても仕方ないのだが……依頼金は割増でもらっているし。


「皆を労いたかったのだが、他の二人は冒険者を引退したそうだな。お前もとは考えなかったのか? 私としては続けてくれて助かるが」

「あいつ等は上がりを迎えた。俺はまだ迎えていない。それだけですよ」

「そうか。……命を懸けた仕事だ。お前たち冒険者にしか分からない感覚があるのだろう。あの二人には他で便宜を図るとして、私に役立ってくれたお前にはこれを下賜する。受け取れ」


 皇女様は壁際の騎士に荷物を持ってこさせる。

 騎士から荷を受け取ると、包装を解いた。


 中から出てきたものは……虹の光沢をもつ一枚の金属板だ。


「何にしようか迷ったのだが、お前は冒険者としては頂点に立った男だ。金で買えるものはどうとでもなるだろう。故にこれにした。これは皇族でもそう自由に手には入らんぞ」


 皇女様が手に持つそれは至高の金属だ。

 ダマスカス鋼よりも堅く、しかし脆さがなく。

 オリハルコンよりも魔力効率がよく、軽い。


 アンオブタニウム。世界の中心にしかないと言われる金属。

 会うことすら難しい特定のゴーレムを倒すか、年間に極わずかな量が炭鉱から採取されるらしいが、俺も実物を見るのは初めてだ。


 希少すぎてどこでも国が完全に管理し、秘匿する。

 それだけの価値と希少さ。そして力がある。


 この金属を混ぜて仮に手甲でも作れば、決して砕けず凡その魔法ははじけるものが出来上がるだろう。武器にするだけの量は流石にないが、俺の装備を更新できる。


「これを渡す意味がお前ほどの冒険者なら分かるだろう。頼りにしている」


 仕方ない顧客様だ。だが、付き合う価値がある。


 ちなみにこの金属は売れば7代は遊んで暮らせる。間違いなく目の前の皇女様につかまるが。罪状はおそらく不敬罪かな。

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