第6話 侯爵令嬢……だと

 俺が構えると、ようやく盗賊たちは武器をこちらに向けた。遅い。構える前に切ってやっても良かったな。


 短剣に曲刀に……あれはジャマダハルか? 随分珍しい武器だ。


「表の連中は何をしていた。こんなとこまで踏み込まれるなんてよ」


 ジャマダハルを構えた盗賊が言う。

 おめでたい頭だ。表の連中が何もできずに死んだからこうなっているんだよ。


 俺は言葉に代わりに雷剣による突きをくれてやった。

 一足で距離を詰め、電光の如く雷剣はその盗賊の胸を貫く。

 悲鳴が上がる前に雷で焼いた。


 俺は雷剣を引き抜くと、歩いて曲刀の盗賊に近づいた。


「く、来るな!」


 苦し紛れに曲刀を振り回してきたので左手で刃をつかむ。


「あっ」


 左手で曲刀を引っ張ると盗賊は呆気なく姿勢を崩したので袈裟切りにした。


 そのまま曲刀を短剣を持つ盗賊に投げると、体に刺さるだけではなく勢い余って壁へと磔になった。痙攣しているから死んではいないようだ。そのまま放置していれば勝手に死ぬ。


 傭兵崩れっぽい奴とあと一人。もう一人の方の盗賊が奥へ行こうとしたので手頃な石をそいつに向かって蹴りつける。


 悲鳴を上げて倒れた。肩に当たる程度で済んだようだ。コントロールが甘かったか。


「ぬうぅ……」


 後はこいつだけ。

 多少は出来るようだが、その分俺との絶望的な力量差が分かるらしい。


 男は俺との間合いを図りながらもう一本の剣を抜き、双剣を構えた。


「俺は元王国軍、第一軍副将二振りのアペイロン。貴様の名は」

「冒険者、天騎士アハバイン」

「貴様が……かの有名な天使殺し、通りでこの強さか。盗賊なんぞに身を落とすものではなかったか」


 その通りだな。後別に天使は殺した訳じゃない。

 天剣をそっと撫でる。


「懺悔はあの世でやれ。教会曰く神は全ての死者に平等だとよ」

「断る」


 アペイロンとやらは素早い身のこなしで双剣を切りつけてきた。

 別にこいつは弱くはない。冒険者ならベテラン位の強さはあるかな。


「アペイロン。死ぬ前に講義をしてやろう。双剣は次はやめておけ」


 俺は後ろへ下がってアペイロンの双剣を交わすと、雷剣を大上段に構えて雑に、しかし力を籠めて振り下ろした。


「ぬっっ!」


 アペイロンは下がる余地がないと判断し双剣で俺の雷剣を受け止める。

 金属同士がぶつかる音が鳴り響いた。

 ふん。これで勝負ありだ。呆気ないな。


 俺の力を籠めて振り下ろした剣を、力の分散する双剣で受け止められる筈がない。

 俺の雷剣が止まったのは一瞬だけで、そのまま振り下ろした。


 断末魔さえなく、元王国軍の副将とやらは盗賊として死んだ。


「双剣は片手の剣だけで両手に握った剣に勝てる人間がやるもんだ。勉強になったな」


 根城に居た盗賊は足が砕かれて呻いて転がっているやつ以外は全滅した。


「誰かそいつを縛っといてくれ。それじゃあ検分するぞ」

「天騎士様、相変わらずえっぐいねぇ……」


 ニアはパーティーメンバーたちに指示を出しながら苦笑していた。

 助けた女達も運び出されている。この根城から得た金の一部で彼女たちを支援してやらねばならないだろう。イメージが上がる。

 ちなみにニアが相手なら俺は雷剣だけなら倒すのに10分位はかかるだろう。

 上位の冒険者は相手が相手だから、生き残ってる奴はどいつもこいつも人間を超えてる。


「今何か嫌なこと考えた? 考えたよね。やめてよね」


 ニアを適当にあしらいながら周りを物色する。

 奥に通じる通路があるのでニアと共に進んでみると、椅子に縛り付けられた女がいた。


 目隠しされ、猿轡をかまされて椅子に縛り付けられている。

 だが、他の女達のように乱暴はされていないようだ。


 着ている服も上品な紫のドレスで上等な絹で出来ており、それなりの立場のある人物だろうことは見ただけで分かった。


 猿轡を外してやると、息苦しかったのか慌てて息を吸う。


「あ、あの。あなた方はどなたですの?」

「冒険者のパーティーです。あなたを救助しに来ました」


 隣にいたニアがこいつマジか、という目で見てきた。

 物は言いようだぞ。勉強しろ。


「そうですの? 目隠しも外してくださらないかしら」

「勿論」


 目隠しも外してやると、端整な顔立ちがあらわになる。


「ああ、楽になったわ。ありがとうございますわ。私サテラ。サテラ・ラナケルドと申します」


 俺はこのお嬢さんを知っている。

 ラナケルド侯爵家の御令嬢で、皇女様の所謂お茶のみ友達だ。

 ラナケルド家は帝国の譜代、その筆頭である。

 その令嬢が攫われたとなればこれは穏やかではあるまい。


 醜聞を恐れて今も極秘に探しているはずだ。

 もしかしたら何もなくて帝都に戻れば依頼が来たかもな。


「サテラ様。御無事で何よりです。早くここから脱出し、ラナケルド家に送り届ますので」

「はあぁ……助かりましたわ。身代金目的なら私は無事で済むのですが、何やら生贄に捧げるだの言われて生きた心地がしませんでしたの」

「悪の栄えた試しはありません」

「ふふ、そうですわね。お名前を聴かせてくださる? 家に戻ったら是非礼を」

「私の名前はアハバインと申します。隣の者はニア・ノアで彼女のパーティーがサテラ様の救出に大きく貢献しました。覚えて頂けると光栄です」


 メインは俺ではなくニア達だ。その辺はちゃんとしておかないと恨みを買うからな。

 引っ込んでいたニアはいきなり名前を出されておずおずと侯爵令嬢に挨拶した。

 獣人と貴族は基本あんまり仲が良くないからな。このお嬢様は大丈夫だが。

 皇女様の周りについての情報はある程度抑えてある。


「えっと、どうも。ニア・ノアです。ラナケルド様」

「サテラでいいわ。獣人なのね。私は偏見を持ってないから安心して。従者にも何人か雇ってるの」


 そう言ってサテラはニアの手を握り、感謝を伝える。

 冒険者として活躍する限り貴族との縁は切れない。良い切っ掛けとなるだろう。


 財宝の類は後日にし、この侯爵令嬢を帝都のラナケルドの屋敷に送り届けなければ。

 ニア達に後片付けの全てを任し、俺は出発前の最後の仕事に取り掛かる。

 一人生き延びている盗賊の元へ座り込んだ。

 盗賊は痛みに耐えているのか荒く息をし、蹲っている。


「おい。助けてやるから吐け。生贄とはなんだ」


 間違いなく厄介事に違いなかった。




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