曽根島優子の独白と初恋、そして本当の私(須藤唯奈11歳から18歳)

 誰かに話を聞いてもらいたい人っていくらでもいるけど、誰かの話を聞きたいって人は少ない。

 もしあなたがモテたいだとか異性に興味を持ってもらいたいって思うんなら、誰かの話を聞いてあげるといい。


 自分に中身が無いだとか空っぽだなんて思ってる人は世の中にいくらでもいる。

何でも可視化されてしまう今の時代に自分の将来をのぞき込んで絶望してしまう人もいれば、人の心のほんの一部を全てだと思い込んで心が壊れてしまう人だっている。

 だから、そういう人の心の虚無や寂しさをあなたが埋めてあげればいい。


 大事なのは他人の気持ちを察すること。一番してほしいこと、一番言ってほしいことを理解して伝えてあげること。


 小さい頃は不思議だった。「何でみんなやらないんだろ?」ってずっと思ってた。

成長するにつれて、それが多くの人にとってやらないことではなくて、できないことだと知った時、私の才能は本格的に花開いた。


 幸いなことに、私には人に興味を持ってもらいたいと思われるだけの容姿も兼ね備えていたし、自分を客観視できるくらいの必要最低限の知性もあった。何より他人の心の隙間を見つけることが人の何倍もうまかった。


 こんなことを言うとナルシストのようだけれど、私は曽根島優子という存在に満足していた。少なくともあの時までは。
















 小学5年の冬休みが明けて3学期が始まってすぐ。担任の先生から名前を呼ばれ、黒板の前に現れた男子が自己紹介をしていた。

 東京から転校してきたらしいその男子は私が見てきた幼稚な他の男子とは違い大人びて見えた。

 色白な肌と切れ長で少し垂れた目尻は柔和な印象を私に与えたし、普段は物静かで、たまに遠慮がちに笑っているその一つ一つの振る舞いや所作に品の良さを感じた。


 成長期を迎えて彼の身長は伸び、もともと痩せぎすだった体はさらに拍車がかかる。

 すらりと長い腕から薄っすら見える筋肉の筋も手の甲に浮き出る血管も、大きな手のひらも長くて綺麗な指先も、全て私の理想どおりの形をしていた。


 こんなことに意味なんて無いのかもしれないけれど、彼の魅力に初めて気付いたのは私だ。

 中学にあがってから急に好きだとか気になるとか言い始めた子も何人かはいたけど、私はそんなにわかとは違う。

 私は彼に出会ったその瞬間からずっと好きだった。彼のことが知りたくて、追いかけて近づいた。

 でも近づいて、私は気付いてしまった。

 私の目線の先にいた彼が目で追っていたのが誰なのかを、私は彼を見ていたことで気付いてしまった。


 順番待ちをしていればいいってものでもなくて、どれだけ好きかも関係なくて、何もできないでいた私は世の中に平等に振り分けられた不平等をうらんだ。


 情けない話をすると、須藤唯奈に勝てる気のしなかった私は、それまで誰にも言わずにいた私の好きな人を唯奈にだけ教えた。

 友情を餌に後藤君だけは好きにならないでとお願いをしたのだ。


 唯奈は私の約束を守ってくれた。だから、あの出来事には悪者がいない。邪魔者の私がいただけだ。

 後藤君が唯奈に告白をして、唯奈はバツの悪そうな顔をしながら何か適当な理由をつけて断って、全ては私が望んでいたシナリオどおりに事が進んで終わりを告げた。


「ごめんね」と泣いて謝る私に唯奈は「優子にお願いされてなくても断ってたよ」と嘘をつくのが下手くそなあの子は普段は誰にも見せたことのない不器用な笑顔を作ってみせた。


 本当は唯奈も私と同じくらい後藤君のことが好きだったのに。


 ああ… なんて惨めなのだろう。なんて私は弱いのだろう。容姿も心根も私は何一つ唯奈にはかなわない。

 私が嫉妬にまみれた浅ましいお願いをしてしまったばっかりに、二人を道連れにしてしまった。

 本来交わるはずだった心が交わらず、すれ違う二人を見た瞬間、安堵してしまった。


 安堵した私は醜くて、醜い私が私は嫌いだ。


 自分は空っぽだなんて嘆くだけの人間を軽蔑していたのに、空っぽな自分に気付いた今は何もやり残したことが無い。

 世界が都合よく崩壊したりはしないなら、せめて自分から消えてしまいたい。



 死のう。もう死んでしまおう。

 投げやりな気持ちではあった。一時的な感情だったかもしれない。ただ一度そう考えてしまうと、もうそのことしか考えられなくなってしまった。私は死に魅了されていた。


 死に場所なんてどこでもよかったのだけれど、誰かに見つけられたくはないという気持ちだけはあって、私は近くの神社に向かった。

 普段は誰も足を踏み入れない薄気味の悪いその場所は、私が朽ち果てるにはちょうどいい気がした。

 誰が管理しているのかもわからない薄汚いその場所で、私は枯れ井戸に身を投げた。



 もし生まれ変われるのなら、私は須藤唯奈になりたい。

 この願いが叶うのならば何だってするのに。

 私は誰にともなくお願いをした。

 たぶん泣いていたと思う。
















 井戸に身を投げたはずの私はベッドの上で目を覚ました。

見慣れた天井と違う自分の部屋ではないその場所に違和感を覚えながらも起き上がる。

 起き上がった時にもまた少し変な感じがした。いつもと違う。心なしかそう感じる。自分の体ではないような気がした。

 よく見ると手の大きさも形も脚の長さもまるで違っているのに気付く。

 私は誰だ? 不思議に思い、近くにあった鏡を覗き見ると、鏡には須藤唯奈が映っていた。



「どういうこと…?」



 戸惑いながらも鏡に映るその顔と容姿に見惚みとれた。私の理想、憧れが私の意のままに動き鏡に映る。夢とは明らかに違う、現実味を帯びたまま。


 何とも言えない高揚感と全能感に満たされながら私は思った。

 そうだ、この体は私のものだったんだ。それをあいつが図々しくも勝手に使っていただけで、もともとは私のものだった。今までが悪い夢で、これから先が本当の私。


 そうよね、あなたにこの体はもったいなかったもの。

 あなた程度では持て余すしかなかったんだろうから、私が代わりに思う存分使ってあげる。

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