僕と「ビビビッ」と曽根島優子(須藤唯奈11歳から現在)

 今となっては自分でも笑ってしまうけど、須藤唯奈を初めて見た時、予感めいた何か、恋愛マンガでよくある「ビビビッ」が僕にも訪れて「あ~、みんなが言っていたのはこれか」なんて当時の僕は簡単に運命って言葉を受け入れた。


 それまでずっと彼女以外に誰かを好きになったことがなくて、高校に入ってからもずっと好きで、そんな彼女に告白してフラれて、大きな喪失感を埋められないまま、僕はその後も僕の人生を歩んだ。


 高校を卒業後に1浪して都内の大学に進学。なじもうとしたゼミやサークルで見事になじめず、大学デビューに失敗した僕は、ずいぶんとえない大学生活を送ることになる。


 僕の平凡な人生で二度目の「ビビビッ」が訪れたのは、大学を卒業して地元の中小企業に就職して、サラリーマン3年目のある日のことだ。


 新入社員の歓迎会の帰り道、たまたま乗り合わせた電車で曽根島優子に会った。

 小学校から高校まで一緒で何度も顔を合わせたこともあるはずの彼女に、何でなのかはいまだに謎ではあるものの、僕は確かにビビビッときて「ヤバい、何か運命を感じるんだけど」なんて大昔のトレンディードラマみたいなセリフを口にした。



「私は何も感じてないよ」



 彼女の「はいはい」とあしらうような言い方に「そんなバカな」と悔しい気持ちでいっぱいになった僕は「ホントに?」って聞き返すと「ホントに」とすんなり言われた。



「でも小学校の時とか俺のこと好きだったじゃん?」



 自分でも最低だと思う。でも僕は酔っ払っていた。思慮分別のネジが緩み、言っていいことと悪いことの境界線が曖昧あいまいでぼんやりしていた。



「そうかもね。でも後藤君は須藤唯奈が好きだったんでしょ?」

「うん、まあね。っていうか何で知ってるの?」



 何故だか曽根島優子はとても嬉しそうな顔をしていた。



「わかるよ。しょっちゅう見てたじゃん」

「えー、バレてたんだ? 恥ずかしい」

「どこが好きだった?」

「う~ん… 顔?」

「最悪」

「え~っとね… 顔だけじゃなくて何て言うんだろう? 目が凄い綺麗だったでしょ。それから…」

「見た目ばっかじゃん」

「そんなことないよ。目が一番好きだったのはあるんだけど、目の奥で光るオーラみたいな… 不器用なとことか、負けず嫌いだったとことか、妬みやフラれた負け惜しみで色々言うやつはいたけど何だかんだ優しかった気がする。そういうのが全部目に宿っていたような… う~ん… でも何かとにかく目が綺麗だったんだよね」

「結局そこ?」

「いや~ 何かうまく表現できない。でも俺が見た目だけで好きになったみたいに思われるのはしゃくなんだよなぁ。そこら辺の有象無象と一緒くたにされたくない気持ちはある。少なくともそれくらい好きだったよ」

「ふ~ん」


 曽根島優子はそう言うと、ほんの一瞬の間を置いてから顔をクシャッとさせて泣きだした。



「えっ? どうしたの?」

「何でもない」

「何でもなくて泣かないでしょ」



 須藤唯奈と曽根島優子は高3を境に仲が悪くなったのを思い出して、僕は慌てた。慌てる僕を、曽根島優子は真っすぐに見つめてきた。

 これは言うと本人が嫌がるかもしれないし不謹慎なことだけど、その目は何故か須藤唯奈に似ていた。



「後藤君に告白されるの、これで2回目だわ」



 彼女は泣きながら笑った。



「何それ?」



 僕が聞き返しても曽根島優子はふにゃりと口を緩ませたまま、ほんのりと笑い「何でもない」と言ってごまかしてきた。


 この日から僕は彼女と連絡を取り合うようになって、彼女と僕の間にできていた空白の期間にそれぞれ何をしていたのかをお互いに話した。

 曽根島優子は高校3年の2学期、卒業を目前に控えたそのタイミングで心を壊し、高校を休学。その後1年間は精神病棟にいたそうだ。

 退院してからは留年していた元の学校には通わず、通信の学校に通い高校を卒業。自身の経験もあったからか心理学とカウンセリングに興味を持ち大学に進学。出会った当初はお互い25歳だったのだけれど、彼女はまだ学生で大学院に通っていた。


 平凡で恋愛経験の少ない僕はテンプレどおりに最初は映画を見ようとデートに誘い、水族館に誘い、3回目の食事デートで告白し、僕達は付き合った。

 これといった大きなケンカをすることもなく、3年の月日があっという間に流れ、僕の勤める会社で僕に役職が付いて部下ができて、いよいよ会社と仕事に腹をくくるようになった頃、僕は彼女に結婚してくださいとプロポーズをした。


 そこからはトントン拍子に話が進み、結婚までに至ったのだけど、結局あの日の2回目という言葉の意味を僕はいまだにわからないままでいる。

 僕の奥様はあの日のあの出来事を話すと、いつも嬉しそうにしているし、僕は僕の奥様が嬉しそうにしているのが嬉しい。

 だから僕からはもうあまりそのことについて詮索はしない。バカボンのパパじゃないけど、それでいいのだ。

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