第46話 信念
「家族に……?」
何でも聞くとは言ったものの、俺は返事が詰まってしまう。
例え、YESと返したところで、それで今日から俺達は家族だとなるのか? 疑問が浮かんだ。
困窮していると、少女は薄く笑った。
「冗談だよ。そんなに本気に捉えないで欲しいな」
それがつまらないジョークの後始末のつもりであるように告げる。
でも、俺はその願い事が、たまたま思いついた冗談であるとは思えず、言及する。
「家族が欲しいのか?」
数秒して、
「…………うん。でも、そんなのはムリだよ。結局、みんな赤の他人なんだから。血のつながりもなければ、心を通わせることもできない、本当の他人」
「……そうだな」
「家族の暖かさというものを体験して見たかったけど、わたしにはできなかったよ。どうしても邪魔者にしかなれない」
彼女の言うことはすべて正しかった。
俺とこの子は完全な他人だ。
だけど――。
「わたしのことは放っておいて欲しい。だいじょーぶ、あなたたちには迷惑はかけないし、一人でいるのには慣れているから」
彼女の言うとおりだ。双方にとって、そうした方がいいに違いない。
ついさっきまでなら、何の疑問もなく賛同していただろう。
だけど――俺は黙って頷きたくなかった。
どうしてかを言葉で表すことはできない。
俺も母さんもお前がいうほど冷たい人間じゃない、タイミングが悪かっただけだと言い返したいのかもしれない。
諦観の境地で、物事を語る姿に憤ったのかもしれない。
孤独に去ろうとする少女を哀れんだのかもしれない。
とにかく、そのときの俺は反論したかった。
そのときはただ放っておけないと思った。
「……なれるさ」
「えっ?」
俺は頭の中を混沌としたまま主張する。
「今すぐにでも、俺とお前は家族になれるさ。事実がどうだろうが、ハタからどう思われようが、俺達が家族って言い張れば家族だ」
さも、真理を言い張るかのごとく、胸を叩く。
実態は自分でも滅茶苦茶な暴論だと思う。けど、鍵がかかったドアを強引に抉じ開ける、そのきっかけが欲しかった。
少女は俯いて顔に陰影をつくり、
「でも……そんなのは偽物だよ。お互いが信じあっていない家族なんて嘘でしかないよ」
言動からは重苦しい悲観が滲み出ている。
胸を押さえるその所作から、俺の言葉を、素直に受け取りたい気持ちと、俯瞰して分析した否定が、せめぎ合っているように見えた。
その様子を見て、俺は、やはり引き止めて正解だったと、感得した。
俺の思考はまだまとまりきっていないが、次に伝えたい想いは言葉となって、すらりと流れてきた。
「――だったら」
始まりは、赤の他人でも構わない。というか、みんなそうだ。関係というのは、自分で作るモノだ。
積み重ねた時間や信頼が、関係を深くしていく。友人でも、親友でも……家族でもそれは当てはまるはずだ。
「今は偽物でハリボテだとしても、積み重ねればきっと本物になる日が来るはずだ。だから――いつか本物と思える未来を一緒に見つけてみないか」
割れてしまいそうな脆い瞳に滲んだ涙を手で拭う。
かじかんだ手は薄氷のように冷たい。
不安に揺れる少女に俺はもう一度告げる。
「家族になろう」と、ありきたりな言葉を。
それが兄になると誓った日。
その日の誓いを、俺は二度と忘れることはない。
◇ ◇
そのときは赤の他人だった。けど、今は違う。
俺はもう、れおちゃん無しでは生きていけない。
どんなお願いも聞いてあげたい。完璧に中毒になっている。
立派な、かけがえのない家族の一員だ。
親父とどちらが大切か天秤に掛けても、今の俺は掛け値なしにどちらも大切だと言える。
いや、なんならあのろくでなしより、かわいいれおちゃんの方が大切だと言えるわ。ガチで。
「センパイが何を考えていようが、アタシが理梨さんの前に連れて行きますから」
目の前の後輩は、白雪にすべてを告白するべきだと主張する。
きっとそれも、一つの正しい道なんだと思う。
俺は白雪が好きだ。
凄く美人だし、いい匂いがするし、のほほんとしていて周囲を穏やかにさせる雰囲気が好きだ。一年前、初めて見かけた時からずっと好きだ。
その白雪が盆田と付き合うことになったら、きっと俺は凄く傷つくし、すぐには立ち直れないだろう。
でも、例え白雪と結ばれることがなかったとしても、それで終わりじゃない。
親父は失踪したけれど、その代わりにれおちゃんに出会うこともできた。
その経験があるから、今が辛い結果に終わっても、悲観しすぎる必要は無いと俺は思う。
未来がどうなるかは、誰にもわからない。どの道を選べば良い結果に繋がるかは、結局のところ誰にもわからない。そのとき最善だと直観した道の先が、本当に最善の未来をもたらすとは限らない。
だからこそ、俺がすべきことは後悔のない選択。
白雪は勇気を出して、盆田に想いを告げようとしている。
それを己のためだけに遮るようなことをしたら、俺はきっと後悔する。それだけはしたくない。
ゲームは終盤を迎える。ここが正真正銘、最後の大勝負だ。
「お前には悪いが、俺は俺の信じるやり方を貫かせて貰うぞ」
「まったくもう、そんな大口叩いちゃって……。本当に勝てますか、5位のアタシに」
難しいことだとは思う。
もし、相手が見ず知らずのセクバ全国5位だったら、俺に到底勝ち目は無かった。
けど、俺の後輩で、Fカップで、エロゲーが好きで、ここ数日苦楽を共にしてきた九里だからこそ、俺にはまだ勝ち目がある。
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