第41話 ラストチャンス
俺の目先に転がり込むように割り入ったハーフツインの少女、
「九里、まだ帰ってなかったのかよ」
あきれ気味に言葉を返す。
盆田のついでに不良達に絡まれて、その後、てっきり帰ったものだと思っていた。
「センパイ、今ならまだ間に合います。理梨さんと盆田センパイはきっとまだ観覧車の前で順番待ちをしてます。だから――」
言葉が止まる。
九里はそれ以上の説明をすべきか、迷っているようだった。
いつもは好き勝手なことを口にして、そんなガラじゃないだろうに。
俺は肩を竦めて言った。
「わかってるよ。俺が昔ここで会った少女は白雪なんだろ」
「!? センパイ気づいてたの?」
やっぱりな。どこでか知らないが、九里も知ったわけだ。
「だったら話は早いです。理梨さんを止めないと! 理梨さんは言ってましたよ。あの観覧車に乗って、そこで盆田センパイとお兄さんと同一視していたこと、打ち明けるつもりだって。そして、その事実を全部認めた上で、それでも盆田センパイが好きだって告白するって!」
……ま、なんとなく予想できてた内容だな。
「それが白雪の決意なら、止めたって無駄だろ」
「でも……こうも言ってました。盆田センパイに会うまではずっと、別の人を探していたと。でも、それはもうどこにいるかわからない相手だから、再開は半ば諦めているとも」
「…………」
「きっとセンパイのことですよ。センパイが正体を明かせば、理梨さんの答えも変わるかもしれません。さあ、行きましょう」
俺の手を引いて、無理矢理連行しようとする九里。
ったく、こんなことになるなら、昔話はしない方が良かったな。
俺はその手をサッと払いのけた。
「九里、俺は――白雪の告白を止めるつもりはない」
「どうして!?」
納得していない様子の九里に、俺は語りかける。
「白雪は色んな葛藤を乗り越えて、前へ進もうとしてんだ。俺が今更割り込んで、それを邪魔したくない」
この言葉は決して強がりではない。
兄がいなくなってあんなに落ち込んでて、住み慣れた土地を離れるのを嫌がっていたあの少女が、新しい未来に向けてまた一歩進もうとしている。
「白雪が盆田に話しかけ始めたのは年明けからだ。同じクラスだし、その前からずっと認識はしていたはずだ。けど、話しかけたのは年明けだった。その意味がお前にもわかるだろ?」
兄によく似たクラスメイト。肝心のその兄がどういう経緯でいなくなったか踏まえれば……盆田に話しかけるのでさえ勇気が必要だったはずだ。
そして今は、盆田に告白をしようとしている。その決断を軽々しく思えたわけがない。今もまだ悩んでいるかもしれない。
だからこそ、その決意を俺の手で揺るがせるマネはしたくない。
俺の言葉の意図は九里にも伝わったはずだ。
だが九里は、それでも観念するつもりはなく。
「アタシは……恋人になった二人を静かに見届けて、ビターエンドなんて絶対に嫌です! そういう終わり方は、アタシは大嫌いです! だってセンパイは理梨さんのことが好きじゃないですか!」
「…………あのな」
「あの観覧車に乗ったら、もう前の理梨さんに会うことは出来なくなるんですよ! センパイの気持ちを伝えるラストチャンスは、今しかないんですよ!」
揺らぐことのない真っ直ぐな瞳が、俺を捉える。
そのダイヤモンドのように強固な信念は、誰にも砕くことはできないだろう。
「九里……俺はもうとっくに腹を括ってんだ。お前がどう言おうと、考えを曲げるつもりはない」
「っ……! もういいです! センパイにその気がないなら、アタシから言います」
一人勇み立って先に進もうとする九里。
「待てって」
俺はその細い肩を後ろから掴んだ。
「放してください! アタシは理梨さんのとこに行かないといけないんです!」
ジタバタと暴れる九里。
だが、ここで放したら、本当に無理矢理にでも白雪の邪魔をしに行きそうだ。
それは俺が望むことではない。
しかし、こう意固地になった九里を簡単に止めることができないのは、俺もよく知るところである。
困ったな、この暴走機関車はどうやったら大人しくしてくれるのか。
前に九里が暴走したときはどうやって止めたんだっけ。
「……そうか、それなら」
ひとつ方法を思いついた俺は、バカバカしく思いつつも提案をする。
九里の趣味嗜好、性格を踏まえれば、これは効くと思うのだが……ため息が出るくらいアホらしい提案だ。
「九里、俺と――『セクバ』で勝負をしろ」
ポケットからスマホを取り出して、タイトル画面を見せつける。
『セクバ』とは、スマホカードゲーム『セクシャル・バースト』の略称。
九里もプレイしていると言っていたから、対戦は出来るはずだ。
「お前が勝ったらお前のいうとおり、白雪にすべてを打ち明けよう。ただし、俺が勝ったらお前には大人しくしていて貰う」
こいつはなんだかんだ勝負事が好きだし、エロコンテンツは知り尽くしてると自信満々に豪語していたから、乗ってくると思う。
「……いいですよ」
ほらな。
けど、悪いな。この勝負は俺にとって都合がいい。
セクバは一試合で大体10分くらいかかる。時間稼ぎをして、試合を終わるまでの間に白雪達が観覧車に乗り込めば、勝っても勝てなくても問題ないからな。
それにセクバは運要素が強い。
相手がランキング上位みたいな化け物じゃない限り、俺にも十分勝ち目がある。
九里の方が、若干上級者だったとしても、勝率40%は固いだろう。
「すぐに済ませましょう」
九里もポーチからスマホを取り出す。
遊園地の通路の真ん中でスマホを手に向かい合う二人。
余所から見たら、間抜けな光景だろう。
とにかく、これでこいつと遊んでいれば、あとは時間が解決してくれる。
マッチングルームで待機していると、九里と思われるプレイヤーが入ってきた。
じゃあ後は試合を開始して――。
「なっ――!」
驚きのあまり、スマホを手から落としそうになった。
その様子を見て、九里が静かに口を開く。
「センパイ……アタシの小学生の時のあだ名、知ってますか?」
俺のスマホの画面では虹色のエンブレムが煌々と輝いている。
それはセクバプレイヤーの中でも極限られたプレイヤーだけが所有を許されている紋章で。
画面に表示されたそれが信じられなくて、言葉が出てこない。
俺は固唾を呑んで、続きを待った。
「アタシの九里って名字、『くのり』って読める子あんまいなかったんですよ。それに名字と名前の区切りも曖昧だったわけで」
――だからみんなこう呼んでました。九里は懐かしむように言った。
「
九里は口にした。
俺も頭の片隅に残っていて。
セクバプレイヤーなら誰もが目にしている、その名前を。
「アタシのプレイヤーネームは『Kuriko』。勝率は全国ランキングで今5位です。センパイ、アタシにセクバで勝てますか?」
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