第42話 ラスボス

 虹色のエンブレムはスペシャルマスターランクである証。

 シーズンごとに、順位が100位以内のプレイヤーのみが到達できるランクだ。


「しかし5位ってお前……どんだけこのゲームやりこんだんだよ」

「アタシ、エロいゲームでは絶対誰にでも負けたくないので」


 そんな理由で? と一瞬思ったが、記憶をたどってみれば、こいつは一本のエロゲーのおまけCDを聞くためだけに何でもやる女だった。

 エロスマホゲーを死ぬほどやりこんでいても不思議ではない。

 けど……このゲームはやる気とか時間をかければで強くなれるゲームじゃない。いくらなんでも5位は強すぎる。なにか理由があるのか?


 勘ぐっていると、画面上ではお互いのキャラが火花を放ち、対戦が始まる。


 セクバは『初中上級者は運ゲー、超人だけが実力ゲー』と言われている。

 その所以ゆえんは、エロスマホゲーのくせに無駄に凝ったゲームシステムにある。


 セクバで使用するデッキは通常デッキが30枚、アディショナルデッキが10枚の計40枚で構成される。

 通常デッキとは、所属クラスのカードプールの中から自由に30枚を選ぶことが出来るデッキだ。まあ、名前の通り、普通のデッキ。

 問題はアディショナルデッキの方。

 アディショナルデッキのカードは対戦開始の直前に、ランダムで画面に表示されるカードの中からプレイヤーが1枚ずつ選んで構成する。

 画面に表示されるカードは3枚、そのうちの1枚を選ぶ行為を10回繰り返してデッキを構築する。

 選択するカードは両プレイヤー共通、自分のデッキと相性の良いカードを選ぶか、相手が選びそうなカードを予測して優位を取れるカードを選ぶか、戦略が生まれる。

 アディショナルデッキは通常デッキより強力な効果を持っているので、セクバはこの試合毎に選択するアディショナルを上手く選べるかどうかが、勝敗を大きく左右する。


 というゲームデザインなのだが、2つ大きな欠点がある。

 1つ目、


「最初のカードは、『新人しんじんモブデーモン明美』、『ドスケベ耳舐めシルフィーア怪盗』、『四股踏みあまあまロングコース』か……」


 アディショナルで選出されるカードは、基本全部見たことがないカードになる。

 試合ごとにAIが生成しているという噂もあったほどで、実際は数千ワードの語群の中からシステムがランダムで3~4ワードを組み合わせてカードが作られる。なので場合によってはまったく意味の通じないカードも存在する。


 ネット上の研究会によるレポートによると、ワードと効果は1対1で紐付いていて、例えば『姉妹』のワードを持つカードは『召還時相手に3ボルテージを与える。相手はカードを1枚ドローする』という効果を持つ。

 つまり理論上は、カード名から効果を導き出すことが可能だ。


 けど、ワードは数千もあるのだ。同じワードを見かけること自体が稀だし、ましてや対応する効果なんか覚えているわけがない。

 『姉妹』と『妹』と『義妹』と『実妹』とですべて効果が違い、カタカナ、ひらがな、漢字、ルビのありなしでもまったく違う効果になる。覚えようとするだけ無駄だ。


 そして2つ目、これは単純な問題なのだが、


「『このモンスターが攻撃するとき、手札を1枚捨てても良い。その場合…………』ってもう時間が……」


 1枚を選択する時間はたったの10秒しかないということだ。

 カード1枚にはたいてい6行前後の効果テキストがある。10秒で3枚のカード効果を把握するのは、難しい。上級者でもカードの効果をざっと読んで、なんとなく強いと感じたものを選ぶ。その後、とんでもないデメリットを発見するなんてことはざらだ。


 ここまで説明すればわかるだろう。

 普通に遊んだら、どう足掻いても運ゲーは回避できない。みんな、自分が選んだカードが強いか弱いかは、ゲーム中に知ることになる。相手が何を選んだかなんて、戦略に組み込む余裕すらない。

 そう、普通は、けど……。


「『新人しんじん』のルビありの効果は『選択不可。毎ターン自2ボル』、『モブ』は『アタック時+2、アタック後-1』、『デーモン』は……」


 さっきからブツブツと謎の言語を呟く九里。


「九里……お前まさか……。カード名だけで効果がわかるのか?」

「当たり前じゃないですか! アタシ、エロワードを覚えるのドチャクソ得意なんで!」


 えっへんと大きく胸を張る九里だが。


 ――こいつ、い……いかれてやがる……。


 そうとしか思えない。人間の記憶容量じゃ普通そんなことできない。

 俺がもしこれから何万回の対戦を繰り返しても、同じ領域に立てるとは到底思えない。


 前に盆田が言っていた言葉を思い出した。

 『ゲームのジャンルを問わず、上位10位に食い込むような連中は、例外なく人間をやめた修羅』。

 今なら激しくその言葉に同感できる。

 九里のそれは、努力だけで、才能だけで、環境だけで、到達できるレベルを遙かに超えている。

 恵まれた環境に生まれたとてつもない才能の持ち主が、死に物狂いで努力して、ようやく闘いの舞台に立てるような、奇跡の積み重ねだ。


 俺は……こんな化け物に勝てるだろうか。

 ――いや、弱気になるな。このアディショナルこそが最大の勝負所だ。

 なにも秘策がないわけじゃない。上手くハマればきっと勝機はある。

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