第40話 たどり着いた答え
ふんわりした、天使の羽みたいな、白金色のロングヘアー。ぱっちりした目。すっきりした鼻筋。大胆な体つき。誰もが見惚れる美少女。
あのときの暗く沈んだ少女の面影はまったくといっていいほどないが、ひとつだけ確かな共通点がある。天才的なほど思い込みが激しくて、常識知らずなところだ。
何より感覚でわかる。本当に、この子が……白雪が、斉藤なんだ。
再開を約束した昔馴染みが、白雪だった。その事実を、俺はどう受け止めたらいいのか。
白雪がもじもじしながら、声を発する。
「あの……キュアブロッコリーに相談があります」
キュアブロッコリーとは、俺が今つけているお面のキャラの名前で現在放送中のプイキュアだ。好きな食べ物はブロッコリーで、嫌いな食べ物はカリフラワー……って今はどうでもいいか。
白雪はまだ俺をプイキュアだと思っているみたいだ。
「あの観覧車が見えますか?」
白雪が顔を向けた先は、このパークの最大の目玉。
園内のどこからでも拝むことのできる日本最大の大型観覧車。
「わたしは今日、あそこである人にすべてを打ち明けようと思って、ここを訪れました」
白雪の言うある人とは誰か、すぐに想像がついた。
だって俺はキュアブロッコリーじゃなくて南条湊斗だから。
「ずっともやもやしてました。お兄ちゃんのこととか、昔ここで会った男の子のこととか、色々考えて、悩んでいました。でも……今日で全部振り切ろうと覚悟を決めました。わたしは、この胸に宿る今一番熱い想いを信じきろうと思っています」
白雪のそれは問いかけでなく、俺には決意表明に見えた。
「その人にすべてを告げたら……裏切られたと思われるかもしれません。今まで築きあげていた関係が嘘だったと言われても仕方がありません。だけど、わたしは心の底からの想いを伝えたいです」
白雪が何を伝えたいのかまでははっきりとしないが、一つ決まり切ったことがある。
それは盆田泰治は白雪の心からの告白を決して否定することはないということ。
あいつは見かけは太ったオタクだし、口調も気持ち悪いけど、信じられないくらいお人好しで俺みたいに道を外れた人間でも分け隔てなく接してくれる。
他人の好意や悪意に鈍感で、私服は一着で緑のチェック柄のシャツをいつもズボンにINしてる盆田だけど、決して他人の悪口を言うことはしない。
あいつは優しいから、白雪の本気の言葉をきっと受け止めてやれるはずだ。一年つきあった間柄だからわかる。
「それでも、勇気づけるために選んだはずの、この思い出の場所に足を運んでも、まだちょっぴり悩んじゃってます。あなたの意見を聞かせて欲しいです。わたしはこの勝手な気持ちを告白していいんでしょうか?」
白雪はきっと俺に後押しして欲しいんだ。勇気を分けて欲しいんだろう。
だとしたら俺は……なんて伝えたらいいんだろう。
思いとどまるように言うか。それとも、優しく背中を押してあげるか。
白雪は真剣な眼差しで、俺を見詰める。
「…………」
……そうじゃない。俺が悩んでいるのはその二択じゃない。
今俺の頭にあるのは、白雪に俺の正体を打ち明けるか否かだ。
もしかしたら、俺がこの場で正体を明かせば、白雪は考えなおしてくれるかもしれない。
盆田への想いを保留にしてくれるかもしれない。もしくは…………俺の方に心を向けてくれるかもしれない。
わかってる。これはただの願望にすぎないと。でも、きっと可能性はある。
俺が数年前会った少年だと告げれば、白雪の心境に少々の変化を与えることくらいはできるはずだ。
「……キュアブロッコリー?」
震える手を握りしめて、白雪が答えを待っている。
俺は――――。
◇ ◇
「こっぴどく振られてしまったよ」
沈みかけの夕日が周囲に長い影を作る頃。
ベンチに座る俺に近寄って、金髪のイケメン(だった)男が爽やかにそれを報じた。
「振られた、という割りにはさっぱりした顔だな」
「初めから僕のことなんか眼中になかったということが身に染みたよ。それはもうコテンパンだった」
やれやれと首を振る清滝。
「けど、もう一回友達としてならやり直してもいいと、お墨付きは貰えたよ。今は、それで十分さ」
「なんだ、許して貰えたのか」
「お兄さんが戻ってきたら誠心誠意謝るという条件付きだけどね」
清滝は気恥ずかしそうに笑った。
「君のおかげで助かった。改めて感謝するよ」
「今更お前に感謝されると気持ち悪いな……」
あれだけの醜態をさらした後だ。もはやどっちがこいつの自然体かわからない。
「お前が不登校だったときの話をみんなにしてやりたい気分だ」
「贅沢を言える立場じゃないけど、できればそれはやめて欲しいな」
お前はいつでも贅沢が言える立場だろ、とかつまらんギャグは今は喉に留めておこう。
「……言わねぇよ。また不登校に戻ったら困る」
「ははっ」
ははっ、じゃねーんだよ。お前が学校に来ないだけで、クラスがどんなことになっているのか。知らないのはお前だけだ。
ま、とにかく、清滝が復帰できそうなのはいいことだ。俺個人としてはこいつのこと全然好きじゃないけど、クラスにいないのは困る。
「どうやら、上手く事が運んだようですね」
清滝に遅れて、歩み寄る黒い影。
その偉そうな態度は。
「六瀬か」
こいつが面倒な縛りを入れたせいで余計な苦労をしたんだよな。
文句のひとつでも言ってやろうと思って顔を見上げた、が。
「貴方のことだからあの簡単な約束も守れないのではと心配していました」
「六瀬……」
「なんです?」
「お前……めちゃくちゃやられてるじゃん……」
六瀬の執事服はボロボロで、ところどころすり切れていて、剥き出しの肌には手当の跡がたくさん残っている。
それだけでなく脇に杖を挟んでいて、片足を引きずるようにこちらに向かっていた。
「いったいそっちはなにがあった?」
「強敵でしたよ。彼とゴールデンダビッドソンは」
マジかよ。あのバイクに乗ってたとかいう不良、あの六瀬をここまで追い込むほど強かったのか……。こっちは余裕だったのに。
「九里と盆田は無事だったか?」
「ええ、彼らに被害はありません。何故なら、このワタシが直々に対処にあたったのですから」
痛々しい身体をぎこちなく動かして、眼鏡をクイッと光らせる六瀬。
……なんか文句を言いづらくなってしまったな。今回はやめておこう。
「千里様もお疲れのご様子ですので、そろそろおいとまいたします」
「ああ、そうしようか」
清滝が肩を貸して、六瀬を運ぶ。
その後ろ姿に声を投げかけた。
「清滝。白雪がこのあとどうするか聞いたか?」
「彼女は盆田君を誘うといっていたよ。宣言通り、あの大観覧車に」
「そうか……」
「後悔しているのかい?」
一部始終を目の当たりにしていた清滝は、俺にそう問いた。
「いいや……」
数刻前、白雪に投げかけた言葉を思い出す。
『君が思うままの道を進めばいい』
俺はそんなカッコつけた発言をして、あの場を立ち去った。
後悔していないのは本当だ。俺は……何よりも白雪の決断を尊重するべきだと思った。彼女がようやく振り絞った勇気に、今更俺なんかが水を差してはいけないと思った。
「他でもない、君の友人に関わることだ。気になるなら最後まで見届けてあげるといいよ」
再び光の存在になった清滝はそれだけ告げると、六瀬と共に園を後にした。
「…………」
俺もベンチを立つ。そして夕日に向かって、歩みを進める。
「家に……帰ろう」
白雪は危機を脱した。清滝は更生することができた。
俺がここで出来るだけの役目は終えた。
あとは帰宅するだけだ。れおちゃんが俺を待っている。
ブンブンと首を振って、惑いを振り払う。
最後くらい潔い姿でいよう。
「元気でな、白雪。そして――斉藤」
俺の選択に後悔はない。
その自信を胸に抱え、身体に活を入れて手足を振る。
そして、最後に一度だけ振り返り、観覧車を見る。
あの頂点から望む夜景は、きっと綺麗だろうな。
顔を正面に戻すと、それっきり振り向くことはなかった。
「――――待ってください!!」
目の前に小柄なシルエットが割り込む。
ぜぇぜぇと息継ぎをして、肩を大きく揺らす。
金色の夕暮れを背負い、朱に染まる二束のダークアッシュ。
その少女は顔をあげると、どこにも逸らすことなく、真っ正面で俺だけを見据えた。
「センパイ!! アタシは――アタシは、このままで終わらせたくないですッ!!」
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