第39話 確信
今できる最大限の策を講じ、それが成功することを祈って、フェンスを跳び越え中空に身を投げる。
縦回転しながら落ちる身体。
心地よい風が肌を撫でるのも束の間、眼前にのっぺりしたアスファルトが迫る。
俺は冷静に足先から地面に接地して、下ベクトルの力を斜めに滑らせるように、後方に倒れる。身体を丸めて火花が出そうなほどの摩擦を低減し、最後は両腕で押し上げて後方回転跳び。
目の前がクラクラするが、無事、筋を痛めることなく着地する。
「うわっ! なんだこいつ!?」
清滝と白雪を取り囲んでいた
「君は……」
清滝は元々ボロボロの姿を更にボロボロのボロ雑巾にさせていた。
「あなたは、まさか――」
白雪が驚愕の顔でこちらを見る。
そのパッチリした瞳は揺らぐことなく俺を捉えている。
やはり無理があったか……。
まあ、こんなので上手く騙せるわけなかったよな。いくらなんでもバカにしすぎた。
白雪は俺を指さして、その正体を暴く。
「あなたは――プイキュアですね!!」
…………うわ、成功しちゃった。
女児にプイキュアのお面を借りて被ってるだけなのに騙せちゃったよ。
苦肉の策すぎて絶対バレると思ったのに。
…………って、それじゃあまるで……。
不良達の半分は俺を見て衝撃を受けていて、もう半分は白雪の反応を見て雷が落ちたような驚嘆を浮かべている。
あんぐりと口を開けた不良が、明らかに納得していない顔で発言する。
「い、いや、何言ってんだ? どう見たってただのお面――」
「キュアパンチ!!」
「ふごっ!」
顔面を殴り飛ばすと、そいつはもう起き上がってこなかった。
都合の悪い敵は暴力で成敗だ。
俺はれおちゃんと一緒に見てるからプイキュアには詳しいんだ。
「ざっけんな! テメェもまとめてしばき倒してやらぁ!」
リーダ格っぽいの紫のロンゲが吠えた。
ザザッと俺に敵意丸出しの視線が向けられる。
俺はジリジリと追い込まれ、清滝の隣に並んだ。
「助けに来てくれたのかい。……恩に着るよ」
「いいさ、それよりこいつらをどうにかするぞ」
清滝は俺の正体を察しているようだ。(当然のことだが)
「でも、どうしてお面なんかを?」
「お前が気にすることじゃない」
清滝の顔を立てろと言われた結果、俺は正体を隠すことにした。
清滝にとって、俺が同級生の
「プイキュア、プイキュア!」
白雪はピンチなのを忘れて、目をキラキラさせて身体を揺らす。
好きなのかなぁ、プイキュア。
「死ねぇぇぇぇ!!」
「お前が死ね」
大ぶりのバットをくるりと避けて、脛を思い切り蹴り上げる。男は悲鳴を発してその場に倒れた。
残り五人。
清滝にこっそり耳打ちをする。
「俺はあのデカい紫ロンゲと、それから左から1,2番目をやる。後はお前が相手をしろ」
「ああ! 任せて欲しい」
清滝にはボスを省いた二人をあてがう。
これくらいの役割を任せれば、六瀬も満足だろう。
「キュアエルボー!」
「どへぇ!」
「キュアヘッドロック!」
「ッ――ギブギブギブー!!」
一瞬で二人を排除する。
「うおおおおおおおおお!」
清滝の方も、順当に一人を倒していた。
最近はあんなだったけど、これでも元運動神経抜群の
「何だよ……。何調子乗ってんだよ、このゴミがぁぁああああ!」
紫ロンゲは錯綜した表情で、ズボンに忍ばせた鋭利な武器を取り出す。
そいつが切り札にしていたのは、刃渡り15センチほどのナイフ。
死闘を繰り広げていた清滝とその相手も、白雪さえも静まりかえって男を注視する。誰もが手を止めて、紙のように薄い鈍色の凶器の動向に、動揺している。
「どうだぁ? 刺さっちまうぞ! アァ! オラ、オラァ!」
男は蛮声と共に何度も突きを繰り返して俺を威嚇する。
俺はその光景をゲーム画面越しで見ているような心境で観察していた。
そして、遠い記憶に意識を飛ばした。
あれは一年の時の、冬の武道館。
『あの!! 敵が刃物を持っていたとき用の訓練がしたいのはわかったんですけど! それなら模造刀で良くないですか!? 本物を使う必要なくないですか!?』
『南条……お前の意見はあまりにもヌルい。偽物で練習を積み重ねたとして、いざ本物の刃物を前にしたとき、お前は動揺せずにいられるのか? ぶっつけ本番で、相手に、命をも引き裂く凶器を突きつけられて……平静でいられるのか? そんなヌルい考えで、お前は、愛する者を守れるのか?』
『いや、でも。そんな場面俺の一生には一回も来ないと思うし』
『問答無用!』
『うわああああああああ! 死ぬ、いまここで死ぬって!!』
そうやって俺は刃物に対する耐性を(強制的に)つけて、白羽取り100本ノックまでこなせるようになった。
……まさかあの日々が生かされるときが来るとは。
このことは、ずっと文句として言い続けたかったから、出来れば来ないで欲しかったな。
「オレをコケにしやがって……イッちまえよおおおおおおおお!」
紫ロンゲがナイフを握りしめて決死の突進をしてくる。
「南条君!」「キュアブロッコリー!」
清滝と白雪が叫ぶ。
「ほい」
「へっ?」
俺は指二本を、ナイフを持つ手に押し当てて刺突を横に逸らした。
相手がスカって気が抜けた瞬間に、腹部に拳をめり込ませる。
「ぐふっ……!」
紫ロンゲはカランと手からナイフを落とし、膝を折って倒れ込んだ。
上にいた観衆から大地が震えるほどの声援を送られる。
リーダーがやられたのを見るや、残りの一人は一目散に逃げ去った。
白雪と清滝と俺が残される。
「君もよくやるね……」
「ありがとうございます! キュアブロッコリー!」
子供のように眩しい双眸で、俺に礼を言う白雪。
「…………」
乱闘が終わり、思考が落ち着く。
俺はある事実に独りでにたどり着いていた。
――だって世界で一人だけだ。
なんの根拠も証拠もないのに、ふとしたら自然と「ああ、そうだったのか」と納得した。
あるいはこの場所だから、思い起こせたのかもしれない。
――お前だけだよ。プイキュアのお面被ってるやつをプイキュアだと思い込むくらい抜けてるのは。斉藤。
名字も、その眩しさも、あのときとはまるで違うのに、その一カ所がひっかかって確信が持てた。
俺が昔廃墟で出会った少女は、今目の前にいる白雪理梨だと。
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