第27話 駆け引き

 ぶっきらぼうに言い放つ清滝。


「気分を害すつもりはありませんでした。たまには級友と談話でも、と思い至った次第です」

「勝手なことを」


 次いで、清滝の視線はこちらに移った。


「やあ、南条君。教師にでも説き伏せられて説得に来たのかい? 君がそんなに真面目な生徒だとは全然思わなかったよ」


 好青年の欠片も無い、あからさまに刺を織り交ぜた言い方。


羅雨流ラウルの勝手とはいえ、せっかく足を運んで貰ったわけだし歓迎しよう。丁度昼食時だ。専属の料理人を呼ぶからささやかなランチを楽しんであとは帰ってくれ」


 淡々と話しが進む。明らかに人払いしたい魂胆が見え見えの態度だ。

 勘違いしているようだが、学校に連れ戻しに来たわけでは無いと伝えないと。


「なあ、清滝。俺は……」

「ちなみにその男はミシュラン掲載店で副料理長を務めていた男だ」

「え……マジ?」

「うわぁ楽しみですねぇ!」


 九里が隣でジュルリと涎を垂らす。

 そんな凄い方が来てくれるの!?

 これは期待できるな。来てよかった。


「そうじゃないでしょう。貴方の目的は」


 左横からせっつかれる。

 そうだった、また高級感に惑わされるところだった。

 でも、なんで六瀬が俺に助言をするんだろう。


「……まあいいか。あのさ、俺は別に学校に戻って欲しいわけじゃない。お前が最近買ったゲームを返すように言い付けるために来たんだ」

「は? ……ゲーム?」


 清滝にパッと思い当たるところはないらしい。

 九里が前に出て捕捉する。


「『ラブカツ』の限定版ですよ。柚葉のえちえちCDが付いてるやつ」


 それでも清滝は不愉快そうに顔をしかめるだけで、合点した様子は無い。

 当事者が知らない? おかしい。いったいどういうことだ。


「六瀬がお前に所有権があるとか言ってたから尋ねたんだが?」

「覚えが無いな。羅雨流ラウル、僕が彼らの言うものを所有しているという話は事実か?」

「肯定します」

「そうか、じゃあそれを君達に渡そう」

「え……。いいのか!?」

「それで退散してくれるなら別に構わないさ」

「お前がそういうならありがたく受けとるが」


 マジか。割とあっさり手に入ってしまった。

 清滝から奪い取るまでに、もう一悶着あると思っていたから呆気にとられる。


「待ってください」


 しかし、ここで余計な口が入る。

 悲しいことに人生そう上手くは回らないものだ。


「なんだ羅雨流ラウル

「彼らは喉から手が出るほど、そのゲームを欲しています。それを手に入れるためならどんな犠牲も厭わないでしょう」


 流石にそこまで言われる覚えは……ない、と思う。


「例えば彼女。千里様が慰みを望めば拒否せず身を差し出すでしょう」

「ふーん、彼女がね……」


 清滝は値踏みするように九里を観察する。そして、お眼鏡にかなったのかニンマリと笑った。

 まさか、六瀬は最初からそれが目的で俺たちを呼び寄せたのか!?

 そんな、そんなことを……。


「――よし九里。脱げ!」


 顎をクイっとして、九里に命じる。

 これを止める理由は一切ない。ただのチャンスだ。

 だって、こいつのことだ。『イケメンとHできてラッキー! げへへへへへ』などと歓喜するに違いない。

 この場で全裸になって、サルみたいにアイツの股に跨がっても、俺はもはや驚かない。

 だから早くやっちまえよ。


「嫌です」

「え゛っっ!?」


 今、なんて?


「く、九里!? どうした、お前はそんなキャラじゃないだろ」

「言いませんでしたかセンパイ? アタシは――――イケメンが大嫌いなんですよ」


 イケメンがダイキライ!? どういうことだ? 普通逆はあっても、そっちにはならないだろ。


「あいつらやたら自信満々に話しかけてくるし。アタシが誘惑してもなんかこなれた反応でテンション下がるし。――アタシが囲んでた可愛い女の子達に手をつけるし(ボソッ)。あ~、思い出しただけでも腹が立つぅ! 全員滅べばいいのに、あのゴ○○○野郎共」


 ゴゴゴゴゴと可視できそうなほど殺意を振りまく九里。

 途中なにやら小声で話していた部分に、かなりのヘイトが占められていたような……。


「だから無理です。そんなイケメンの王様みたいなのの相手しろとか死んでもお断りです」

「……じゃあイケメンじゃなかったら問題なかったのか?」

「そりゃもう、むしろ燃えるシチュエーションです。暗い部屋でイジけて閉じ籠もる殿方に、アタシがい~っぱいサービスします! 失恋でやさぐれた心にエナジーを分けてあげますよ! ただしイケメン以外に限りますが」


 なんて煩悩と偏見まみれなんだ。モテない男でもここまで極端にはならないぞ。 

 ……って待てよ。


「じゃあ九里、俺はどうなんだ?」


 イケメンが死ぬほど嫌いということは、つまり、これまで何度か誘惑を受けた俺は。


「センパイは大好きです♡」

「ハッ倒すぞ」

「そんな無理矢理なんて……大胆すぎですよぉ……」


 別に自分のことイケてると思ってたわけじゃ無いが、後輩の女子からの評価がリアルすぎて心にくる。


「そんな落ち込まないでください。センパイは普通中の普通ですから」


 それでフォローしてるつもりか?


「コントなら余所でやってくれないか」


 より不機嫌度が増した清滝が白い目を向けてくる。

 クソ、九里が余計なこだわりで拒否したせいだ。


「利用価値がなければ脅す必要も無い。変に因縁をつけられる前に施してしまった方が早いだろう。違うか?」

「いいえ、彼にも利用価値があります」


 俺の利用価値……?

 たしかにグラタン作りの腕前には自信があるが、ミシュランの副料理長に勝てるだろうか。

 俺が想像でバトルをしている間にも話は続く。


「彼は盆田泰治ぼんだたいじの数少ない友人です。つまり白雪理梨しらゆきりりとも繫がりを持っている。使いどころはあると思いませんか?」


 清滝はフンと鼻を鳴らすと――サイドテーブルのグラスを六瀬に投げつけた。

 六瀬はグラスをキャッチしたが、中に入っていたドリンクがこぼれて顔にかかった。赤髪からぽつぽつと点滴が落ちる。

 うわっ、あの六瀬怪人にこんなことしたら、即処刑に決まっているだろ!


「僕の前でその名前を出すなと言っただろ」


 なおも強腰な清滝に対して六瀬は……。


「申し訳ございません」


 …………。

 何度か目をこするが、見間違いじゃ無い。信じられないことだが、六瀬が頭を下げた。

 六瀬のやつ清滝に対しては、こんな殊勝な態度なのか。

 清滝の横柄な行為なんて、一年間一度もなかったから、知らなかったぞ。


「だが意見は悪くない。そうだな――それならこうしよう」


 頭を垂れた状態の六瀬には一切目もくれず、俺だけを注視して近づく。

 荒れ放題のワイルドな尊顔は、清潔さを失ってもなお、十分に色男のオーラを放つ。

 そうして清滝は俺を睥睨へいげいすると、試すような口振りでこう言い張った。


「友人の立場を利用して、あの2人を離れさせろ。そうすればゲームをくれてやる」

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