第28話 決断

「それで。どうするんですかセンパイ」


 密談するときの恒例となった学園の屋上で、九里くのりが手すりに寄りかかっている。


「どうするもなにも、俺の返事は変わらない」

「白雪センパイとオークセンパイの仲を引き裂くようなマネはしない、ですか」

「当然だろ」


 れおちゃんのためにゲームは手に入れてあげたいが、非人道的な行為は出来ない。

 だってそんなのは、誇れるような兄貴のすることじゃないからな。


「それにしても六瀬の野郎。どう転んでも俺たちを利用する気だったわけだ」


 清滝のマンションを出たあと、俺は六瀬を問い詰めた。

 そこでヤツが吐露したのは事の経緯。


『金がない?』

『そうです。旦那様はこれ以上欠席が続くようであれば、一時的に千里様を勘当すると話していました。少なくとも旦那様名義のマンションは追い出されるでしょう』


 そうなったときのために、清滝の小遣いをやりくりして資産を多少なりとも増やそうとしていたのだとか。


 それで、協力していたマニアの使用人の連絡を受けて、時価250万円のエロゲーを購入すべくあの場に現れたということらしい。

 今や屑同然になった清滝のためによくやるよ、アイツも。


 とはいえ、いくら六瀬が苦労しても一時しのぎでしかない。結局は清滝に復活して貰う他ない。

 今は、ゲームを人質にして、俺たちに復活のための土台作りをさせたいわけだ。

 白雪と盆田の仲を引き裂く。それで清滝の気がいくぶんか晴れることは間違いない。


 だが、今言ったとおり、俺はそんな悪事に手を染める気はさらさらない。

 手すりに肘を乗せて、ぼうっと景色を眺める。

 下方から校舎をなで上げるような風が吹いた。九里は透き通るダークアッシュの髪を抑えて、そっと口を開いた。


「アタシは、悪くない選択だと思いますよ。2人の邪魔をするというのも」

「――そんなに、あのゲームが欲しいのか」


 少し苛立ちを含ませて俺は言った。

 そんな俺を見て、九里は可笑しそうに笑った。


「も~ムキにならないでくださいよ。アタシはセンパイのためにそう言っただけですって」

「なにが俺のためだ」


 こいつがそんなことを考えるわけないだろ。


「だってセンパイは、白雪センパイのことが好きじゃないですか。大事に思ってるから、邪魔をしたくないんでしょう」

「……そんなことはない」

「いまさら意地張ってもしょうがないですよ~。決まり手はなんだったんですか、あの思わず鷲づかみしたくなるデカケツですか」

「俺をお前みたいなゲスと一緒にするな」


 白雪は確かに他より大きめだと思うけど、鷲づかみしたいと考えたことはない。多分……。


「でもね、センパイ。想っているだけじゃ、なかなか上手くいかないものです。そりゃあ、自然とお互いが好き同士なのが一番ですけど、それは滅多にないことなので、結局は自分からアピールをしないと」

「アピールも何も、俺が今更どうこうしたってむなしいだけだろ。だって白雪は……」


 新学期早々、盆田の隣を歩く白雪の後ろ姿が頭に浮かぶ。

 ほんのり染まる頬。浮かれた足取りで、盆田の横に並ぶ白雪は、誰がどうみても……。


「本気で白雪センパイとお付き合いしたいなら、例え友人からでも奪い取る覚悟が必要ですよ。エロゲーの件がなくても、センパイはいつか選ぶ必要があります。自分の気持ちを押し殺して平穏に過ごすか。あるいは、反感を買ってでも自分を押し通すか」

「なら俺が選ぶのは前者だな。俺が白雪をす、好きという事実はないけど」


 そんな事実はない、とはっきり伝えたかったが少し口ごもってしまった。


「動揺があからさますぎる……」

「クラスの連中よりはマシだろ」

「そういえば、2-Bの生徒は軒並み発狂してるのに、なんでセンパイは平気でいられるんですか? しかも友達に直々にNTRれてるのに」

「俺は変化を受け入れているだけだ。俺はだいぶ前にそれの重要性を学んだ」


 いつまでも自分に都合のいい未来を待ち望んでいても仕方がない。

 環境の変化を受け入れて、別の未来を模索した方が賢明だ。


「なんだか、込み入った話がありそうですね」

「あるにはあるな」


 だいぶ前、中1のころの出来事が道標として、今も心に残っている。


「聞かせてください! センパイなかなか自分について語らないから、たまにはいいじゃないですか!」


 九里はずいっと前のめりになって、興味津々に俺が話すのを待ちはじめた。

 俺としては、あんまり自分語りとかしたくないのだが。


「……まあ隠すほどの話でもないか」


 頭上に浮かぶおぼろ雲を眺めながら、在りし日の出来事を思い出す。

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