第23話 罠

 カン――カコン。手球が浅い角度をつけて9番の球にぶつかり、弾かれた9番の球が景気よく穴(ポケットというらしい)に落ちる。


「またワタシの勝ちですね」


 六瀬は棒(キューというらしい)に滑り止めを塗って、次のゲームに気を移している。かなり余裕な顔だ。


「くっ……」

「あの……さすがにもう脱げるモノも少なくなってきたんですが」


 取り決め通り、九里が服を脱ぐ。

 これまでは、髪を結んでいたリボンを外したり、靴を脱いだりでごまかしが利いていたが、ここから先はそうもいかない。

 オフショルダーのトップスをはらりと脱ぎ捨てて、下に着ていたレースのついたインナーが露わになる。

 上半身はかなりの薄着で、九里のボディラインがはっきりしていて。


「センパイ! アタシのFカップで形も良い上向きのおっぱいばっかり見てないで試合に集中してくださいよ!」

「なっ……そんなもんみてないし……」

 

 いいつつ、つい気を持って行かれてしまう。だって同年代の、しかも学園でアイドル的な扱いの美少女が側で服を脱いでいるんだ。そんな体験滅多にないし、心が持って行かれても仕方ないと思わないか。

 てかFカップか。かなりデカいと思っていたが、数字で出されると納得の迫力で。


「――南条先輩、そんなに小凪ちゃんの胸が気になりますか」

「いや、だから違うって!」


 有原に指摘される。ヒンヤリした鋭利な眼差しが、身体に突き刺さる。この子、そんなに怒るタイプじゃないと思ってたのに。

 有原は視点を下げると、


「やっぱり大きいから気になるんでしょうか……」


 自分の胸元を気にしながら、何かをボヤいている。その背中は、どことなく落ち込んでいるように見える。


「準備ができました。欲情してる場合じゃありませんよ、風紀委員。しかし先ほどから負け続けですね。彼女の素肌が気になるがために、意図的に負けているのでは?」

「センパイ……まさか……」

「俺はマジメにやってるって! 見りゃわかんだろ!」


 キューを構え、手球と、その奥に整列した9つの的球を見据える。

 負けた方が、初めの一打――ブレイクショットを打つため、必然的に毎回俺から始まる。


「ていッ!」


 渾身の力を込めたショットで、的球が勢いよく散開する。

 最初は何度かスカったが、数ゲーム重ねた今、球を捉えることができるようになった。

 しかし、的球はひとつもポケットに入らず六瀬の番になる。

 すると――どうなるか。


 六瀬は長い腕を伸縮して狙いを定め、堂に入った綺麗なフォームでショットする。

 コン――コトン。

 見事ポケットして、もう一度六瀬の番。


 コトン、コトン、コトン…………。

 

 そして、俺に一回も出番を渡すことなく、1番から9番の的球を全部ポケットに入れた。


「マジメにやっているのに、どうして連敗を喫するのですか、貴方は」

「お前が強すぎなんだよ!!」

「強すぎって、ワタシがですか?」


 このトボけた態度、何故だか無性に腹が立つな。


 六瀬は初回からずっとこの調子。

 たまに俺の番が回ってきても、ポケットは出来ず、そもそも次の番号の球に当たらないこともある。

 これはゲームになっていない。


「お話にもなりません。鬼の風紀委員も大したことありませんね」

「お前、実はカラオケの件、かなり根に持ってただろ」

「さぁて、何のことでしょう」


 俺にこんな嫌がらせをするために、自分の拠点まで招いたのか。意外と嫉妬深いやつめ。


「センパイなにやってんのー。まーたイケメンのオ○ニー見せつけられてるじゃん」

「こ……小凪ちゃん、オ、オナ……って……!?」


 後輩二人が脇で何か話している。大方、負け続けている俺の悪口だろう。

 有原なんか顔が真っ赤だ。滅茶苦茶怒ってるじゃん。

 六瀬は九里の顔を見て言う。


「グズグズ言ってないで、脱衣してください。貴方が言い出したことですよ」

「アンタなんかに命令されなくたってわかってますよーだ」

「いつまでその強気が持つか。楽しみにしていますね」


 にっこりと女性を口説くような笑みで、九里を煽る六瀬。カラオケで不良をなぶっていたときぐらい、機嫌が良い。

 性格悪すぎるけど、女子には死ぬほど人気あるんだよなぁ。なんでだろう。


 九里は次はタイトスカートに手をかけて……。

 

「って待てよ! スカートはマズくないか!?」


 だって脱いだらその下は……。


「他に脱ぐモノがないんだし仕方ないじゃないですか」

「よく見ろ! 靴下はまだ履いてるだろ!」

「くっ、靴下を脱げだなんて……センパイのえっち……。そんなに蒸れた靴下が好きですか?」


 九里は頬をそめて、もじもじと指先をいじくる。

 なんで? スカートを脱ぐよりはマシだよな!? 俺の感性がおかしいの?


「まあスカート脱いでもインナーに余裕あるんで大丈夫ですって」

「小凪ちゃん……本当に脱ぐの? いくらルールでもスカートはやりすぎなんじゃ……。もしあれなら、代わりにわたしが……」

世里奈せりなちゃんを巻き込むわけにはいかないから。大丈夫、アタシに任せて」


 ウインクしてそう言うと、九里はファスナーを下ろして、スカートをズリ下げて……。

 サッと視線をそらす。一瞬水色の何かが見えた気がするが……まじまじとみてはいけない。

 視線の先では、六瀬が次のゲームの準備をしていて、九里のことは気にとめてもいない。

 紳士的ではあるが……だったらこいつなんで九里に脱がせているんだ?

 俺の勘ぐりに気づいたのか、六瀬が手を動かしながら語る。


「貴方とは違って、さほど彼女の裸には興味がありません」

「じゃあなんで九里が服を脱ぐのを賭けの対象にしたんだよ。お前には興味がないんだろ」

「最初に話したとおり、ワタシにとって賭けの対象は、相手にとって何でも構わないのです。その理由は、結論、全部をワタシが簒奪さんだつするからです。初めは大量に手の内に抱えていた財産が、徐々に手元から零れ落ちていく……。ゲームが進むにつれ、彩度を散らす瞳。追い込まれたときに人間が見せる固執、苦悩、狼狽、後悔――それが何より見たいのですよ」


 紅の瞳を光らせて、悪魔のような発想をくつくつと楽しげに語る六瀬。

 この様子じゃ、これまで手にかけてきたのは数人ではなさそうだ。

 そして、俺も今まさに狩られようとしている1人――。


「ほら、脱ぎましたよ」


 声の方向に、無意識に振り返ってしまう。

 九里は前屈みになり、両手でインナーを下に押さえつけていて、どうにか下着を隠せているが……。薄着のせいで胸の谷間が強調されていて、すらりとした生足(靴下は履いてるけど)も丸見えで……。


「うっ……」


 すぐ顔をそらす。これ以上見続けるのは色々な意味でヤバい。


「おや~センパイ顔が赤いですよ。まだ下着も見せてないのに悩殺させちゃいました?」


 顔を見ずに答える。


「まだ減らず口が叩けるようで安心したぞ」


 それでも、これ以上はホントのホントにダメだ。

 インナーを脱いだら完全に下着姿だし、更にそれ以上となると負けは絶対許されない領域だ。

 何とか、打開策を見つけて、俺が六瀬に勝たないと。

 境地に追い込まれる中、フル回転で頭を働かせる。

 勝つ工程をかろうじて捻出する。


 ――次のゲームは、ブレイクショットでポケットする。そして早急に9番を落とす。

 ナインボールはルール上、順番通りに球をショットしている途中であっても、9番の球を入れればゲームを取れる。

 俺に何度も連続でポケットを続ける技量はない。そしてブレイクショットで意図的に9番を落とすのは厳しい。

 だから、勝負はブレイクショットの次。六瀬の番に回すことなく、数打で9番を落とす。それしかない。

 そう、今までやられたことをやり返すんだ。

 勝利までの道程をイメージして――――。



    ◇    ◇



「…………ッ!!」


 起きた現実は残酷な結末。


「――ワタシの勝ちです」


 ブレイクショットでポケットに失敗し、次の六瀬の番で、9番の球が落とされる。


「こんな風に、短期決戦を望んだつもりでしたか?」


 俺の思惑おもわくまで読み取られている。これ以上ない敗北。

 無理だ。どうやっても勝てっこない。


「さあ、約束通り脱いでください。九里小凪くのりこなぎサン」

「…………っ」


 九里は、ぶるぶると震えながら、下に伸ばしていたインナーをゆっくりと上にあげ始める。


「ダメだよ! 小凪ちゃん!」


 ――だが俺は直後に思い知る。すべてをくつがえすに足る、狡猾なが、すでに仕込まれていたことを。

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