第22話 撞球

「ビリヤードか」

「ええ、これで勝負をいたしましょう」


 喋りながら、六瀬は棒とか球とか、色々用意をしている。

 向こうはやる気満々のようだが、正直あまり気乗りしない。


「俺やったことないんだけど」

「心配いりません。球をくだけの簡単な遊びですよ」


 簡単な遊びか……。

 ビリヤードのやり方については、何となく想像が出来ている。

 六瀬の言うとおり、なんか球をついて、番号順に別の球に当てればいい遊びだった気がする。

 まあ、それなら俺にも出来るか。


「センパーイ! その憎たらしいイケメンをシメちゃってくださいよー!」

「あの、考え直した方が……」


 1対1の勝負ということで、観戦スタイルに移行した後輩達の声援を耳にする。

 準備を終えた六瀬から棒を一本受け取る。


「無論、単なる娯楽ではありませんよ。賭けをしましょう」


 六瀬は口の端を釣り上げて、ニヒルな笑いを見せ付ける。

 ここに来てようやく、隠していた牙が剥き出しになった。そんな様子だ。


 かくいう俺の方も、こんな場所に連れ込まれたからには、こういう展開が来るだろうとは肌で感じていて、


「ってことはあれか? 俺が勝ったら例のゲームをくれるのか?」


 勿論、勝敗の対価の目星はついている。

 俺と六瀬が競い合うということは、それが絡むのは間違いない。

 しかし、


「それは無理な相談です」

「なんでだ!」


 帰ってきたのは思いも寄らない返事。

 じゃあいったい何が手に入るというのか。


「あのゲームは千里せんり様の金で買ったので、所有権は千里様にあります。つまり、ワタシにはそもそも、貴方にゲームを渡す権利がありません」


 P4の一員にして、白雪に拒絶された男にして、こいつの主人でもある清滝きよたきの所持物だから渡せないという話らしい。

 話が面倒な方向にこじれてきたな。

 つーか、こいつ、リサイクルショップで主人の金をばらまいてたのかよ……。


「また面倒な理屈つけやがって……。だったら賭けで勝ったら何が得られるってんだ」

「ワタシの権力で貴方に提供できるモノはただひとつ。『千里様に会うことができる権利』です」

「はあ? 何が嬉しくて引きこもりの王子様に会わないといけないんだよ」

「ですが、貴方個人の力では千里様と交渉どころか会うことすら叶わない。そうなればゲームを入手するのは不可能。違いますか?」

「……それもそうだが」


 清滝の居場所はまったくわからない。仮に判明したとしても、前回のようにセキュリティに突っぱねられるのがオチだろう。

 でも、『会うことができる権利』は、なんか回りくどくて嫌だな。

 例えるなら、待ち望んでいる映画の公開日を告知する日を告知されるような。一手、不要な間を挟んでいる気分だ。


 しかし、他に選択の余地がないのも確かなので、渋々承諾した。


「利口な判断です。それでは――ゲームを始める前に、貴方が最初に賭けるものを宣言してください」

「俺が賭けるモノ!?」

「当然です。貴方だけノーリスクで賭博が成立するわけないでしょう。1ゲーム毎に何かを賭けていただきます」


 何かって言われても、俺は何を賭ければ?

 頭を捻っていると六瀬から声がかかる。


「それなりに価値があるモノであれば、何でも構いませんよ。貴方のスマートフォン、身分証、現金、土地、臓器、家族、恋人……お好きなチョイスを」

「さらっと恐ろしいこと言ったな」


 正直、今列挙されたモノは、どれも賭けたくない。特に後半は。

 俺が言葉に詰まっていると、突然九里が元気よく手を上げた。


「はーい! じゃあ、センパイがゲームに負ける度にアタシが服を脱ぎまーす!」

「なぁッ!」


 イミフすぎる九里の宣言に頭が困惑する。


「なんで急に、お前がしゃしゃり出るんだよ!」

「アタシだけ蚊帳の外にしないでくださいよ。アタシがセンパイの罰ゲームを代わりに受けてあげるので、その代わり清滝センパイに会うときはアタシも一緒ですよ」


 そういう狙いか。あくまでもゲームを手に入れようと虎視眈々と狙っているわけだ。

 それにしても服を脱ぐって自分から言い出すか、普通。

 六瀬は極めて平静に談合を進める。


「いいでしょう。ただし途中で棄権はできませんのでご留意を」

「だってよ。途中で下りられないらしいが、それでもいいのかよ」


 それはつまり俺がずっと負け続ければ最終的には……。

 九里のふくよかで柔らかそうな部分を思わず見遣り、喉をゴクリと鳴らす。

 ……いかんいかん、身体を張ってくれている後輩にそんなよこしまな考えを抱いては。


 九里は怖じ気づくことなく、期待の籠もった眼差しを向ける。


「大丈夫です。アタシ、センパイなら勝てるって信じてますから……」


 そこまで言われたら、俺も覚悟を決めるほかない。

 バシンと頬を叩いて、邪念を振り払う。


「……へっ、そうだな。」


 ならばその期待に応えるのが先輩としての義務だろう。

 手球を受け取り、テーブルの上にセットする。


「安心しろ、九里! 俺が1ゲームで終わらせてやる!」


 勝利宣言と共に、力強いブレイクショットを打ち込む。




 ――まあ当然ながら、経験者である六瀬に勝てるわけがなく。この後、俺はありえないくらい負けるわけだが。

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