第21話 地下へ

 六瀬に先導されるまま、カラオケ店から移動する。

 かれこれ15分ほどで到着したのは、タワーマンション。ただし、以前に俺と九里が出向いたマンションとは別の。


「ああ、あそこを訪れたのですか。生憎あいにくですが、そこは清滝家が所有するマンションの一棟に過ぎませんよ」


 というのが六瀬の弁だ。

 あの日マンションの前で張り込みをしていたのは完全な無駄足だったということか……。恨むぞ、元P4。


 カードキーでオートロックを解除して、中へ。

 まるでホテルのようなフロントが出迎えるが、階段を下りて地下フロアへ。


「なんだ? 部屋に案内してくれるんじゃないのか?」

「ワタシが貴方方あなたがたを自室に通すとでも?」


 地下1階には共用施設が備え付けられていて、ジムやシアター、ゲストルームが見えるが……そこをまた素通りする。

 そうして、厳つい、なんか従業員しか入ったらダメそうな金属扉の前へ。

 六瀬は先ほどと別のカードキーでロックを解除する。


「あれ? これどこに向かっているのでしょう……」

「何かあったらアタシが世里奈せりなちゃんを守るからね!」


 俺の後ろで何やらこそこそと話す九里くのりと、何故かついてきてしまった有原。


 金属扉の先は、階段になっていて、申し訳程度のフットライトしかない薄暗い階段を下る。

 これ、本当にどこに向かっているんだ?

 カツカツと跫音きょうおんだけが響く。通路の空気は冷えていて、普段人が通る感じがしない。


 ――こういう隠蔽された道の先は、生物実験室とか拷問部屋とか、おぞましい非合法な場所だったりするよな……。


 若干の緊張感をはらみつつ、たどり着いた先。深紅の扉が姿を現す。

 六瀬は両腕で、押し広げるように分厚い扉を開く。

 扉の先は完全な暗闇。

 その暗闇に臆面もなく入り込む六瀬。

 

 ――視界を奪われた状態での戦闘は教え込まれている。罠だったとして、後手に回るほどヤワではない。


 六瀬に続いて足を踏み入れると、後ろの2人もおぼつかない足取りで後に続く。

 

 ――ガシャン、ガチャガチャガチャ。

 後方で扉が閉まる音と、鍵が幾重にもかけられる音。


「ひゃあ!」


 有原の悲鳴が木霊する。

 六瀬は数歩進んで立ち止まると、得意げに語りかけた。


「ワタシのとっておきのルームです。とくとご覧あれ」

 

 すると唐突に、寒色のネオンのような、カラーライトが点灯する。


「おおっ!」


 一瞬で、視界を支配する景色に思わずうなる。

 ダーツボードにポーカーテーブル、隅には装飾品のごとくスロットマシーンが数台並んでいる。

 テニスコートくらいの広さの部屋に、赤色のマットが隙間なく敷かれており、会員制のカジノのような、豪勢だが派手すぎない、厳かな雰囲気が醸し出されている。


「すげーな。とても日本とは思えない光景だ」

「ええ、それはもう。小道具のひとつに至るまで、抜かりなく選り抜いているので」


 六瀬はこれまでになく高揚した調子で解説する。だが自慢げになるのも当然のことだろう。

 ここは漂っている匂いすら違う。カリフォルニアの風まで感じられそうなほど、細部までこだわりが行き届いている空間。

 そして一番重要なことだが――何となく楽しそうでワクワクする。


「ひゃー、スッゴい金かかってそう!」


 九里も興奮気味にあちこちを見て回っている。

 しかし、有原は疑い深く、用心を続けているようで、小さな疑問を発する。


「あの……でもどうして地下にこのような部屋が? しかも隠されるような形で……」

「何故でしょうね。知られたくない理由があるのかもしれませんね」

「…………」


 有原は六瀬の意味ありげな返答に対し、青白い顔で押し黙る。


「さあ、早速本題に入りましょう。それではこちらに――」


 と、言いかけたところで、


「――なあ、このスロット動くの? 俺やってみたいんだけど」

「センパイ! ここ! 穴が! なんだかお札を入れるっぽい穴がありますよ!」

「(1000円札をねじ込もうとして)あれ? 入らねぇ」

「え~なんでー? あっ……! こっちに両替機がありますよ。あの空港とかにあるやつ!」

「なるほど、これで日本円を海外の金に換えれば良いのか」

「どうしてこんな場所に外貨両替機が……。というか日本円から外貨に変えられるんですか?」


 有原の冷静なツッコミは耳に入らず、好奇心に従って事を進める。

 画面をタッチするとレートが表示されて、


「1ドル=203円だって、そんなもんだっけ?」

「うーん……そんな感じじゃないですか?」

「法外に高いですよ! なんか怖いですし、やめましょうよ!」


 有原にぐいぐい服を引っ張られるが、せっかくだし一回くらいやってみたい。

 と、葛藤していると。


「――コホン」


 六瀬が小言を挟むかのように咳払いをした。


「ワタシはスロットで遊ばせるために招待したわけではありませんよ」

「悪い、どうしても回してみたくなって」

「まったく……これだから庶民は。では、改めてこちらへ」


 名残惜しくスロットを眺めて、いやいや六瀬の指示に従って部屋の最奥へ。


 そこで待ち受けていたのは、誰でも知っている知名度の高い道具。

 四脚の台に緑の布が広がっており、端に穴が空いている例のアレ。

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