第18話 対面
こいつが部屋に入るのを、俺は外で見ていた。
こいつには用件があるので出てきたら話しかけるつもりだったが、ちょっと様子を覗いてみると、大分状況が錯綜していたので、つい出張ってしまった。
いやぁ、人様のカラオケルームに入るのは躊躇したな。
こっそり忍び込んで、ちょこっと注意したら、退散しようと思ってたのにこいつ、俺に気づいた途端殴ってきやがった。
すんでのところでなんとか受けられたのはよかったが、まだ手の震えが収まらない。
「南条まで……。何故ここに……」
俺の姿を見て、金髪の、えーと……笠松みたいな名前のやつが呟いた。
六瀬はキッと険しい顔つきで、俺に睨みを利かせる。
「邪魔をしないでいただきたい」
「あのさぁ……お前やりすぎなんだよ。そいつらも帰るっていってんだから放っておけば良いじゃん」
地面にへばっている大男は、目を真っ赤にして右手を労っている。
これじゃあ、どっちが悪人かわかったもんじゃない。
「この会は、少額ながらも清滝家の援助を受けて実施されています。それを妨害し、加えて生徒に乱暴を働くなど、万死に値する愚行です」
「お前、あっちが悪いとはいえ、下手したら傷害罪だぞ」
「ワタシには関係ありませんね。旦那様が出資した会での不祥事となれば清滝家が親切丁寧に処理してくれますから。それに中途半端ではそれこそ反撃を喰らう危険性があります。二度と逆らえないよう本能に教え込まないと」
「だとしても、後輩たちの前でやることか?」
部屋の隅で、固唾をのんで見つめる後輩達(あと同級生らしきやつら)。
そこにいた九里と目があう。その瞳は不安そうに俺を見ていて……。
「センパイ……」
その、小さい口をかすかに動かす。
――ああ、わかってる。
どうせ――――ちゃんとエロゲーが取り返せるか、心配してるんだろ? お前の考えそうなことはお見通しだよ!
でもちょっと待ってくれ、この場は暴君を大人しくさせるのが先決だ。
六瀬はハンッと嫌みに鼻を鳴らせて、
「誰が居ようが興味ありません。ワタシには清滝家の名誉が第一なので」
「言ってることが滅茶苦茶だな。本当はただ殴りたかっただけじゃないのか」
「そうだとして、何か問題でも?」
刹那――風を切る音と共に鋭い手刀打ちが顔面に。
反射的に両腕をクロスさせて、受け止める。
「あぶねっ!」
「ほう、これも止めますか」
止めますか……じゃねぇよ!
「なんでさっきから俺に攻撃するんだよ」
「貴方のそのノウノウとした態度が鼻につくからです。もし生徒が1人くらい巻き込まれても、報告次第ではどうとでもなりますし」
「なあ、それもしかして俺のこと!?」
無言で構え直す六瀬。
持ち前の長足からキレのいい上段回し蹴りが飛んでくる。
咄嗟に――脳裏を横切る
『南条、蹴りは受け止めるな。2足歩行が可能な人体の構造上、脚の筋肉は他部よりも大きい。蹴りのエネルギーをマトモに受ければダメージは避けられない』
上半身を後方に反らして避ける。
二撃、三撃と波及する蹴りを右に左にと避けるが――壁際に追い込まれる。
「終わりです」
大きくためを作る六瀬。これ以上後ろに下がれない今、回避は不可能。
こういう場合は――。
『――――どうしても避けきれないときはどうするか……だと? ならば、その時は――』
「その時は、始動を合わせて――」
あの人の言葉を思い起こすように反唱する。
六瀬が渾身の一撃を解き放つ瞬間。
研ぎ澄ました五感で、その一挙手一投足を見遣り――呼吸を完全にシンクロさせて、
「――蹴り返せ」
まったくの同タイミングで俺と六瀬の蹴りが交差する。
その反響で、机上のカップが波打ち、溢れる。
ビリビリと震える大気が部屋中を伝播し、その影響下で生徒がざわめく。
「
ある者は絶望を口にし。
「えええ? ええええええええ?」
ある少女は状況の変化についていけなくなり。
「あ、あれがセンパイ……!? 嘘でしょ……?」
ある後輩は、その目で見た光景を信じられず、戸惑いを口にした。
六瀬はゆっくり脚を戻すと、つまらなそうに両手を挙げて言葉を吐き捨てる。
「まったく、これだから貴方は。……ワタシは自分の思いどおりにならない人間は嫌いです」
「ナチュラルに暴力で物言わせようとしてんじゃねぇよ」
「暴力しか取り柄のない貴方がそれをいいますか」
六瀬はまだギラギラと睨みを利かせている。
こいつ、まだ続けるつもりか? さっきのやりとりで手も足も痛くなったし、勘弁して欲しい。
そんな俺の祈りが通じたのか。
――ジリリリリリリ。
備え付けられている電話機にコールが入る。
コール音が鳴り響く中、交差していた視線が自然と離れて、
「興が醒めました。後は好きになさってください」
俺の前を横切り、バタンと扉が閉められると、冬眠していた連中が徐々に動き始める。
先に不良達が動いて、地面に伏せたままのリーダらしき男に駆け寄る。
「大丈夫っすか? すぐ病院に行きましょうぜ」
「最近の高校生……怖い……」
彼らは身を震わせて、肩を寄せ合いながら、勝手に出て行った。
残された生徒達は、各々の想いを口にする。
「つ、ついに終わったのか……」
「ふう、
「あ、はい。延長はナシで(電話で応対しながら)」
九里は何か言いたげな視線をこちらに寄越していて、
「あっ……いかんいかん」
その目で思い出した。そうだ、六瀬帰らせたらダメじゃん。
そもそも、あいつに用があるんだし。
すぐに部屋を出てフロントに向かうと途中の廊下で、紳士服を着て毅然と歩く、その後ろ姿を捕捉した。
「おい六瀬!」
追いついて肩を叩く。すると、
「…………なにか?」
ムチャクチャ嫌そうな顔で振り向いた。
こいつ超機嫌悪いな。
「俺元々お前に用があってここに来てたんだけどさ」
「貴方が今日ここでワタシを待っていた、という前提がまず意味不明ですが……」
六瀬はそこまで言うと、フロントに向けて進めていた足を止める。
『面倒だが一応聞いてやる』といった感じだ。
俺は遠慮無く本来の用件を切り出すことにした。
「あのさ、あの日お前が奪ったエロゲー返してくれない?」
「はぁ?」
その顔は、さっき俺が乱入したときよりも驚きに満ちていて。
六瀬らしくない拍子抜けするようなマヌケ面だった。
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