第17話 怪人
わたし――
「やめて、放してください!」
「オレらと楽しいことしようぜ? なあ?」
突如乱入してきた見知らぬ強面の男の人に腕を捕まれています。
髪の毛が紫で、腕には入れ墨もあって、とても危なそうな人です。
「いたッ」
ギリギリと腕が締め付けられる痛みに、思わず顔を顰めます。
無意識に周りを見ますが、彼の仲間は7人近くもいて目を光らせています。
なかなか助けを求められません。
なんで、どうしてこんなことに!?
痛くて、怖くて、涙を滲ませると――。
「ぎゃああああああああああ」
男の人の叫び声と一緒に、ふっ、と急に腕が自由になりました。
何事かと顔をあげます。
「やれやれ、旦那様の命で様子を見に来てみれば、これは何の騒ぎですか?」
背の高い、赤い髪の男の人が、わたしを握っていた人を後ろから締め上げています。
誰だろう……。黒い正装に身を包んでいて、片眼鏡をかけていて、とっても美形な人。
「六瀬くん!?」
驚いたようすで、ケンジ先輩が名前を呼びます。
この人……同じ学校の先輩なんでしょうか?
「いってぇなぁ……! オラッ!」
「危ない――!」
男の人が暴れて六瀬先輩を殴ろうとして……それをサラリと躱すとお返しに額に手刀を。
昏倒して男の人が崩れ落ちました。
「おーおー! カッコイイじゃないの、正義のヒーロー気取りかぁ?」
パチパチと拍手をしているのは、集団のボスのような人。
とても体格がよい、レスリングの選手のような体つき。
その人は、嫌な形に口元を歪めて、
「勘違いして思い上がらないウチに現実ってヤツを教えてやるよ。クソガキが」
先陣を切るボス、そして周りにいた仲間達が一斉に襲いかかります。
その悍ましい迫力にわたしは思わず脚を震わせて口を抑えます。
「熱烈な歓迎ですね。せっかくのカラオケです。――情熱的なラテンミュージックでもいかがでしょうか?」
「ほざけええええええええ!」
そこからは驚きの連続でした。
狭い室内にも関わらず、軽やかで、それでいて力強く踏み込むステップ。宣言通り、ラテン音楽のようなビートで、六瀬先輩は次々と男達を薙ぎ倒します。
「ぐぅ……」
「ひっ……な、なんだこいつ……」
半数ほどが地面に伏せたときには、男達の戦意は残されていませんでした。
「……助かったのか?」
殴られた顔を手で押さえながら笠原先輩が言葉をもらします。
スゴイ、たった1人でこんな人数を……。
わたしたちの間に、ようやく弛緩したムードが流れます。
「くそ、こんなガキに……」
地面に這いながら、そう呻いたのは集団のボス。
彼に向けて六瀬先輩は脚を振り落とします。
それが手のひらに直撃して、
「があああああああああああ!」
「うるさい虫ですね」
え? この人、かっこいいけど、ちょっと怖いかも……。
ボスはひとしきり呻いた後、
「クソ! このクソガキが! いい顔できんのも今のうちだ。テメェ覚えてろよ! 俺たちに手を出したら――」
――ズグり。もう一度手痛い一撃を手のひらに。
「ぐあああああああああああ!」
「音の出るおもちゃみたいで面白いですね、貴方」
ふふっと笑う六瀬先輩。
その横顔は本当に玩具で遊ぶ子供みたいで。
「や、やめてくれ。もう、わかったから。俺たちはその人を連れて退散する。迷惑かけてすまなかった」
男達の中の一人が耐えられず謝罪し、頭を下げます。
六瀬先輩はこれに応じて、
「嫌だ」
ドシン、と一段強く踏み込む。
「ああああああああああああああああああああああ! いてぇよおおおおおおおおおおおお!」
「自分が優位なときは調子に乗って、都合の悪いときは相手の善意に甘えて逃げる。ワタシはそういう人間が大嫌いです」
転がり回るボスを尻目にかけて、意地悪な顔で、魂が凍り付くような言葉を喉から出します。
そんな……。助けてくれたのは嬉しいけど、でも、ここまでやらなくても。
「マ、マジで悪かった、この通り、謝るから! だから、その人を放してくれ!」
「貴方のその、いかにも自分たちは助かるような言い方、腹が立ちますね」
「ひっ……!」
「全員、二度と生意気な口を叩けなくなるよう痛めつけますからお覚悟を」
六瀬先輩は、出口を防ぐ位置で立ち、不良達を睥睨します。
わたしたちも、あまりの気迫に口を出せず、震える身体を寄せ合って、部屋の隅に固まっています。女の子の中には泣きそうになっている子もいます。
「ほら、かかってきてください。さきほどの威勢はどうしましたか? それとも、この男の手が二度と使い物にならなくなってもよいのですか?」
じくじくして真っ赤に腫れたボスの手のひらに、タバコの火を消すかのように靴底を押し当てて。
「痛いいいいいいいいいいいいいいいい! ………………ぐすっ、本当に……許してください! 土下座でもなんでもしますから! もう、痛いのやめてくださいいいいいいぃぃいいいいい!」
完全に心が折れたボスが全身でジタバタさせて泣き叫びます。
そんな彼に、容赦なく追撃を繰り返す六瀬先輩。
わたしはいてもたってもいられず。震える喉元から声を絞り上げて、
「も、もうやめてください! 痛がってます!」
「やめませんよ、これからが一番面白いところなんですから」
「あの、でも……ッ!」
「黙れ」
強い言葉に、まるで金縛りにあったようにわたしの身体が動かなくなります。
目の前の光景が信じられなくて、揺れる瞳。
どうして? 助けてくれたと思ったのに、こんな……。
そんな想いがずっと心の中で反響しています。
「ちょっとアンタ――」
これまで気を配るように周囲を見ていた小凪ちゃんが、何かを口にするのと被さるように、
「そこまでにしておけよ、怪人」
どこか抜けた、覇気の無い声。誰かが、ドアを開けて入ってきたみたいです。
六瀬先輩は振り向きざまに突然ボディブローを打ち込んで――。
あ、危ない――。
「うわっ!」
空間に響く破裂音。
みると、その人は、六瀬先輩の内臓にまで食い込む勢いのブローを手で包むように受け止めていて……。
「まったく、ずいぶんな歓迎だな」
「風紀委員、貴方も来ていたのですか」
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