第11話 突撃上級国民の自宅
「春先だっていうのに、今日は暑いな」
「ですねー」
「ほら、あそこのリーマンとかシャツ一枚だぞ」
「アタシも脱ぎたくなってきました」
バタバタとダボダボのパーカーをはためかせる九里。
なんでも、お忍びのときはバレないよう髪はまとめて、帽子にパーカーといったストリート系のファッションで外出するのだとか。
『芸能人かよ、お前は』とさっき突っ込んだばかりだ。
今、俺と九里は清滝の住居の近くのコンビニに居た。
そこの2階のイートインスペースで、コンビニコーヒーを飲みながら、外の風景を眺めている。
隣でカップヨーグルトを平らげる九里に向けて言う。
「お前さあ……そんなにあのゲーム欲しいの?」
「え? 当然じゃないですか。センパイだってそうでしょう?」
「だからって、あそこまでするかよ。警察呼ばれるかと思ったわ」
つい1時間程前の出来事。
清滝の住居(高級タワーマンション)を訪れた俺たちは、その高さに圧巻されつつもいそいそと足を踏み入れ、エントランス手前のインターホンで呼び出し。(かなりの上層階だった!)
だが、一向に反応がなく、どうしたものかと思ったら、九里がエントランスに繋がるドアを無理矢理通ろうとした。
近くに居たコンシェルジュの人が慌てて駆け寄ってきたので、こちらの要件を伝えたが、セキュリティ上入れることは出来ないの一点張り。そりゃそうだわ。
普通の思考回路を持った人間なら、ここで諦めるだろうが、このアホは違った。
諦めず中に入れろと騒ぎ立てて、仕舞いには警備員まで駆けつけてきたので、暴れる九里を抱えて退却した。
そして、今はマンションの出入り口が見える位置のコンビニで、清滝か六瀬が現われないか見張っている。
「人間、顔がよければいいってもんじゃないよなぁ……」
「なにかいいました?」
やっぱこんなのを味方につけたのは失敗だったか。
「センパイの意志はよわよわなんですよ。もっと強く主張しないと! ただでさえ意見が通りにくい世の中なんですから!」
「だからってあれはやりすぎだろ!」
「まったく、そんなんじゃ彼女さんに愛想尽かされますよ」
「は? 彼女?」
俺にはまったく身に覚えのないワードだ。
「え、だってあのとき叫んでたじゃないですか。俺はナントカちゃんに買ってあげるんだーとか」
「ああ、そういうことか」
リサイクルショップでの奪い合いの時にれおちゃんの名前をあげてたからな。
れおちゃんのことを俺の彼女だと勘違いしたようだ。
「違う違う、あれは俺の妹だよ」
「えっ……妹にエロゲー買い与えてるんですか……?」
「なに引いた感じだしてんだよ! お前だってエロゲー買ってる女だろうが!」
しかし、九里は俺の反論を耳にしていないかのように、ヨーグルトの蓋の部分をペロペロ舐める。
ほんとマイペースなやつ。あと、はしたないから人前でそれやめろよ。
「センパイの妹ですかぁー……。どんな感じかめっちゃ興味あります! 写真とかないですか?」
「あるけどお前には見せないよ」
この変態が、あまりにも可愛すぎるれおちゃんに興味を持ちでもしたら大変だからな。
「ぶっー! ケチー! 見せろー!」
「やめろやめろ」
スマホを強引に取ろうとしてくる九里を制する。
観念して前を向いたあと、九里がボヤいた。
「それにしてもいいとこ住んでますねー」
「いいとこかはわからんが、高そうだ」
「センパイはああいうマンションに住みたいと思わないんですか?」
「家なんか家族が暮らせる広さがあれば、それだけで十分だ」
それに大切なのはどこに住むかじゃなく、誰と住むかだろ。
ふと、昔家庭の事情とやらで引っ越すことになった子を思い浮かべた。
あの子は今元気でやっているだろうか。
「地に足つきすぎじゃないですかー? せっかくならドーンとデカイ夢を語ってくださいよ!」
「そういうお前はああいう高いマンションが好きなのか」
「そうですねぇ……。アタシも実際に住みたいかは別ですけど、例えばセンパイ! こんな暮らしには憧れませんか! 高層階から街を見下ろしながら、一面のガラス張りに、全裸の美女のおっぱいを押し付けてワインを飲む……これこそ、THE・男のロマンって感じじゃありません?」
「……お前が口にするロマンは低俗すぎる」
「まあまあ、将来センパイがあれくらいの部屋を買ったら一回くらいは付き合ってあげてもいいですよ!」
「残念だが、天変地異でも起こらない限り、そんな富豪にはなれそうにない」
結局、日が暮れるまで粘ったが、この日は清滝と六瀬の姿を見ることは出来なかった。
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