第12話 渦中の二人
今日、九里との会話の中で頭をよぎったことがきっかけだろうか。あの子の夢を見る。
ぼんやりと、薄く霜がかかって見える視界。あれから5年は経っているので、記憶が不完全だ。
俺は凄く寂しい場所に居た。だだっ広いが人の気配はまるで無く、どこもかしこも赤錆色が目立つ、ここだけが過去に取り残されたような。そんなぼんやりとした空間。
俺にとって思い出の場所だった。だからこの日、俺はここに来た。
そこで、
『クソがッ!』
手当たり次第、俺は目につく限りのモノにあたっていた。イライラして動悸が収まらず、どうにか発散しようとした末の愚行。
コンクリートの壁を殴りつける。皮がむけて血が滲み出るだけ。
鉄製の電灯を蹴りつける。つま先に錆がつき、ジンジンと痛むだけ。
『クソッ――このクソ野郎がァッ!』
そんな無意味なことを、俺はただ繰り返した。
忘れたい記憶を精一杯壊すように。
――久々に思い出した。人生で一番辛かったとき、何もかもが空虚に思えて、未来に絶望していたとき。
『あの……何を、しているんです、か?』
視界の端っこでびくついているシルエット。
その控えめな言葉を思い出す。
あの子とはそこで出会ったのだった。
◇ ◇
「快楽堕ちアンドロイド―アヤカ4号―でプレイヤーを直接攻撃でござる!」
「くっ……」
『快楽堕ちアンドロイド―アヤカ4号―』は、攻撃がガードされない能力を持っている。厄介なモンスターカードだ。
だが俺が一番気にかけるべきは、『快楽堕ちアンドロイド―アヤカ4号―』の効果についてじゃないだろう。
「わあ! 攻撃が通ったみたいですよ!」
この……最低最悪な状況についてだ。
3階の空き教室。机と椅子が整然と積まれた、人通りのない部屋。
向かい合って座るのは俺の唯一の友人、
問題は、盆田のびったり横に着いている
昼休み、俺は渦中の二人に捕まってしまい。こうして空き教室で、ある種の拷問を受けている……。
「いやはや、付き合ってくださり感謝感激ですぞ。『セクバ』は白雪殿にはなかなか難しかったみたいで、こうして実戦すれば理解できるやもと思い立ったわけでござる」
「こういう遊びはあまり経験がなくて、ルールを覚えるのに苦戦してしまって……。でも私、やっぱりゲームは見ている方が楽しいかもしれません!」
白雪は、盆田の人間が一人座れそうな肩の隙間からスマホの画面を覗いている。
シルクのようにサラサラなロングヘアーが嫌でも目に入る。
「あら、盆田くん汗かいちゃってますよ」
上品な白いハンカチで額の汗をふきふきする白雪。
カー○ィみたいな真ん丸腹で、体重計を何個壊したかわからない男に寄り添って微笑むアイドル級の美女。
この絵面……本気でヤバいな。今さらだが、クラスに激震が走るのも、無理はない。
不釣り合いって次元じゃないし。
この状況を現実的にこじつけるなら、レンタル彼女でレンタルした彼女が、偶然超アタリだった人とかだろう。
白雪は、のほほんとした様子でこんなことを口にする。
「アヤカちゃん、かわいいカードですね! でも、快楽堕ちってどういう意味なんでしょう?」
頭の上にハテナマークを浮かべて顎を上げる白雪。
さっきからこんな調子だ。お下品な知識は持ち合わせていないらしい。
一生そうであってくれ。どこかの後輩みたいにはならないで欲しい。
だが――ここまでなんとか追求を躱してやりすごしているが、『セクバ』は決着がつくと……。
プレイヤーキャラの女の子の服が盛大に破れ散って、胸が露わになるのだ……。
このゲーム最大の盛り上がりポイントなのだが、白雪が見守っている状況でそれをされるとどうなるか。
かなり困った事態になるに違いない。流石に言い訳ができないだろう。
切腹でもして詫びるしかない、か……。
勝っても負けても地獄行きが決まっている。
「プレイヤーを攻撃して、相手のボルテージを20まで貯めたら勝ちなんですぞ。南条殿のボルテージは12ですから、あと8貯めたら拙者の勝ちですな」
盆田はそんな不安は微塵も抱えていないようだ。普通に何も考えずにゲームを楽しんでいる。心臓が図太いというか鈍感というか、まあそんなヤツなんだ。
今もちょっと動いたら白雪の柔らかそうな胸があたってしまいそうな距離で、意識せず平然と振る舞えるのは世界中探してもこの男だけだろう。
俺はさっきから冷や汗かきながら指を動かしてるんだけど。
「残りは8なんですね! 頑張ってください!」
しかも、本人に他意はないだろうけど、白雪が若干盆田の方に寄って応援している。
見てる画面が盆田サイドだからだとは思うが、地味にメンタルが傷つく……。
そんな気持ちが影響してか、細かいミスを連発して俺の盤面はボロボロになっていた。
モヤモヤとしていると、その時、セクバを開いていたスマホにポップアップメッセージが届いた。
『センパイ今どーこ?』
何の用かわからんが、面倒な後輩からのメッセージに適当に返す。
『学校』
『つまらない冗談はいいから、はよ教えてください』
『いやだ』
『もういい! センパイの教室行って聞く!』
うわあああああ! それだけはマジでやめてくれ! 下手にお前と関わりを持ってるのがバレたら、お前に騙されてファンクラブを築いた連中がウヨウヨいるクラス内でどうなってしまうことか!
『3階の空き教室』
素早く返す。返した後で、ハッと冷静になる。
この場所に、九里まで加わったら、果たしてどうなってしまうのか。
いや……でも流石のあいつでも、知らない上級生が2人居る中に堂々と割り入ったりしないだろ! 俺が友人たちと仲良く談笑していることを察して帰ってくれるだろ!
「センパーイこんなところでボッチ飯してたんですかー!
教室の外から響く騒音に、俺は頭を抱えて、ここから消え去りたいと願った。
ガラガラと扉が開く。
「センパ……およっ?」
ホラーゲームで化け物に見つかったときよりも、心臓が跳ねている。
いったい、このアホにどう対処すれば穏便に済むのか……。
ゲームもまだ終わってないし……。
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