第9話 後輩の正体
この目が捉えた全景。人気のない学校の踊り場、何処にでもある平凡な風景に、彼女が映るだけで、まるで群衆を惑わす蠱惑的な肖像画のように錯覚させられる。
小柄ながら女性らしさが浮き出るプロポーション。黄金比の目鼻立ち。つやつやとしたリップ。それでいて、あどけなさを残す顔つき。
思わず引き込まれてしまいそうな、花のある少女。
一目惚れとはまた違う、秀逸な芸術品を目にしたような胸を打たれる感覚。この学校で受けたのは、これで2回目だ。
お互い身じろぎもせず、今この瞬間が切り取られたように引き延ばされる。
校舎を通る風で、短めのチェック柄のスカートと二つ結びの髪が揺れる。それが唯一の手がかりとなって時間の経過が伝わる。
――そんな中、俺は変わった方向に意識が向いた。
なんだろう。つい最近、似通った顔を拝んだような。
何故だかそっちの方に気を取られる。目の前の可憐な少女と封じ込まれた記憶の間に深刻なバグがあるように思えて。美少女を前にしつつも脳内のフォトフレームをパラパラと捲る。
そんな折に、最初にアクションを起こしたのは向こう。
超然とした表情を崩して、くだけた笑顔を見せた。
「おっと~! これはこれは、探す手間が省けました」
「えっ……」
その第一声は、全方位無欠の美少女にはあまり似合わない、人を食ったような口振りだった。
というか、探していたって俺をか? 他の人に言っている可能性を考慮して後ろを見たが、誰もいない。
「――すこーし話しませんか、
◇ ◇
連れられるままに階段を登り切って、屋上に出た。
本来は立ち入り禁止だが、たまたま鍵が開いているのを発見すると、後輩女子は悪びれることなく外になだれ込んだ。
「んっ~! 気持ちいい~!」
後輩は南よりに差し込む風を浴びて、ぐうっと身体を伸ばした。
大きく伸びをしたあと、こちらに顔を向ける。
「探すのに苦労しましたよ。なんせセンパイこれといった特徴がないから」
「はあ?」
からっとした物言いだが、内容がひどい。
完全に悪口だ。
「でも『その人は風紀委員だ』って話したらすぐに名前が挙がりましたよ。センパイ人気者ですねぇ!」
「人気者なのは俺じゃない。3年の先輩の方だよ」
悪名高いのは決して俺ではないと固く主張する。
話を逸らすように、
「お前こそ誰なんだよ」
「
言い終えると同時にウインクする後輩、九里。
その名前。やはり、さっき教室で噂になっていたコナギちゃんか。
「そうか、じゃあ九里。なんの用があって俺をこんなところまで連れてきたんだ?」
さっきからその疑問ばかり浮かんでいる。
そう問いかけると、九里はむしろ面白がる素振りで笑う。
「愛の告白だったりして!」
「そんなわけないだろ。接点がなさすぎる」
「実は罰ゲームだったりしてー!」
「その方が現実味あるな」
言葉の一つ一つが羽のように軽い。凄く調子が狂う。
「ねぇ、ホントにどうしてかわかりませんか~?」
すると、何故かこちらを追い込むようにずいずいと近寄ってくる。
なんか距離が近すぎる気が……。
「あんなに激しくしておいて、心覚えがないとか無責任なこといいませんよね~?」
「な……何のことか知らんが、人違いじゃないか?」
九里のダークアッシュの髪が触れるくらいの距離に追い込まれる。
上目遣いの九里から、甘く囁くような声が届く。
「それはそうと――センパイ女の子は好きですか?」
「別に嫌いではないと思うが……」
「それはよかったです」
何がよかったのか知らんが、一般論として普通そんな回答になるだろ。
「例えば、クラスでは才色兼備な清楚キャラで通ってる超かわいい女の子がいるとするじゃないですか」
「あ、ああ」
「例えばセンパイはその女の子が隠している誰にも知られたくない秘密を偶然にも知ってしまったとするじゃないですか」
「あ……ああ?」
「そうしたらセンパイはどうします?」
どういう仮定なのかさっぱりだ。
けど、あえて返すなら、
「まあ、誰にもいわないでおいてやるかな。普通に」
「ぶっぶー。不正解です!」
「いまのに正解とか不正解とかあるのか!?」
そう突っ込むと、九里はにっこりとした満面の笑みで答える。
「正解は『脅して俺専用の性欲処理奴隷に調教する』でした!」
「は――はああああああ!?」
俺の耳がおかしくなったわけでなければ、こいつの頭のネジが外れているとしか思えない。
とても美少女の……というか女の口から出る言葉じゃない。
「というわけで、幸運にもセンパイはアタシのこと調教する権利を得たわけです! いや~ん、センパイのえっち~! 変態大魔神~!」
「お、俺は何も言ってねぇよ!!」
この頭のおかしい発言。
この既視感……まさか――。
「お前……あのとき俺の邪魔をした変な女か!?」
「やっと気づきましたか、今度こそ正解でーす! だけどこっちからすれば、アタシの邪魔をしたのが、センパイですけどね」
少し恨むような目を向けられる。その不機嫌な面になって、ようやく頭の中の認識と合致した。
やはりそうか! 服装も髪型も違っているからすぐにわからなかったが、間違いない。例のゲームを奪い合ったときのイカれた女だ!
「アタシがセンパイに聞きたい話はもうわかりますよね? あのくっそ腹立つイケメン――そう、六瀬センパイがどこにいるかご存じですか?」
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