第7話 お使いの真実
半額シールが貼られ始める時間帯のスーパーで買い物を終え、ようやく帰宅。
最寄り駅から自転車に乗り、15分強移動する。
港南ニュータウンという中々に利便性が高い新興住宅地の隅っこに位置する、シックなダークグレーの一戸建て。
俺は浮かない気分で、玄関前に立つ。
「まさかお使いに失敗してしまうとは……兄失格だよなぁ……」
せめてれおちゃんの大好物をつくってあげよう。そのための材料も買ってきた。
鍵を回してドアを開く。
「ただいまー」
いつもより少し控えめな挨拶。
すると、トコトコと2階から駆け下りる音が聞こえる。
床につきそうなほど長い髪を揺すりながら、小さな身体を覗かせる。
「おかえりなさい。おにーちゃん」
現れ出たのは幼い少女。
雪原に潜むユキウサギみたいに真白い髪と眉、明るいライトブルーの虹彩。
彼女の輪郭だけが現実から切り離されたようにぼんやりと光り。
胡蝶の夢のごとく、いつの日か景観に溶けて消えてしまいそうな、そんな透明な気配を醸し出している。
ああ……なんてかわいいんだ。
我が妹――
「おにーちゃん。頼んでたゲーム、買ってきてくれた?」
「ぐっ……!」
その一言で現実に戻される。
「ゴ、ゴメン……買えなかったよ……」
ロボットのように顔を逸らしながら答える。
「……そうなんだ」
無機質な返答。
れおちゃんは表情が豊かじゃないので、感情は外からだとわかりにくいけど……長年の勘で多少伝わる。
……ちょっと落ち込んじゃってる。
「で、でもさ! 代わりに今日はれおちゃんの大好物作ってあげるから。れおちゃんの好きなマカロニグラタンを」
「グラタン……食べる」
しっかりとお腹は空いていたらしい。
俺お手製のホワイトソースのマカロニグラタンを食べたら、きっと機嫌を直してくれるはずだ。
れおちゃんがやけにこだわる太めのマカロニも買っておいたし、準備万端!
◇ ◇
「はむはむ」
「ほーら、口の周りが汚れちゃってるぞ」
おいしそうに大好物を頬張る妹の口端を拭いてあげる。
一見無愛想だが、多少は機嫌が直ってきたようだ。
俺も色々あって腹が減っていたので、3回もおかわりをしてしまった。
母さんのために残しておく分が少なくなったが、まあいいだろう。どこかで食べてくるかもしれないし。
「おにーちゃんそれで、ゲームは怪盗さんに奪われちゃったって本当?」
「そうそう、悪い怪盗に盗まれちゃったんだよ」
れおちゃんにも簡単に経緯は説明した。
同級生のクソ野郎が金ばら撒いて横取りしたなんてグチを吐けるわけもなく、オブラートに包んでだが。
「だったら、取り返さないと。勧善懲悪だよ、おにーちゃん」
「うん、でもね。お兄ちゃんは普通の人だからさ。そういうのは名探偵とかに任せようね」
怪盗と戦うのは探偵と相場が決まっている。それこそ100年以上前から。
「おにーちゃん、あのね。現実的な話、取り戻せる見込みはあるの?」
れおちゃんはまだ諦めていないみたいだ、けど。
「うーん……難しいかなぁ」
頭下げたところで譲ってくれる相手じゃないし。しかもあいつ今学校来てないからなぁ。
「ところで、どうしてああいうのが欲しいのか。お兄ちゃんはそこが気になるよ」
結局買ってこれなかったから、頭から抜けかけていたけど、れおちゃんは何故あの18禁ゲームを欲しがったのか。それもお兄ちゃんに買ってきてだなんて。
どんな答えが返ってくるか、かなりドキドキしながら質問したわけだけど、れおちゃんは平然とフォークでグラタンを完食してから、一息入れて言う。
「おにーちゃん、ちょっとわたしの部屋に来て」
何事だろう。ワケを説明でもしてくれるのかな。
フォークをおいて席を立ったれおちゃんに続く。
俺たちの部屋はそれぞれ2階にある。階段を登って奥の部屋に入ると、見慣れた光景が広がる。
たくさんの機械が所狭しと積み重ねられていて、どこに繋がっているかわからない線が地面を這っている。車のバケットシートみたいな椅子とベッド以外、足の踏み場もない。
一応言うが、俺の部屋じゃなくてれおちゃんの部屋だ。
「相変わらずゲーム機がいっぱいだなぁ」
「おにーちゃんが今見てる四角い箱はゲーム機じゃないけどね」
俺にはむつかしくて理解が及ばないけど、れおちゃんはかしこいから機械に聡いのだ。
れおちゃんはクッションで高さを調節した椅子に座ると、カタカタと素早くキーボードを叩いた。
「このゲーム、知ってる?」
れおちゃんは6つあるモニターの内、右下を指さした。
『モンスター・サモン・オンライン』と書いてある。
「ごめん、お兄ちゃんこういうの詳しくなくて……」
人並みにはゲームもやるが、盆田みたいに何でもかんでも頭に入ってるわけじゃないからなぁ。
「とっても人気があるゲームなんだよ。ディスクメディアの情報からランダムにアイテムを生成するレガシーな要素がこのゲームの売りなの」
「うん……どういうこと?」
「CDやDVDからアイテムを作れるの」
「へぇー画期的だなぁ」
「似たような仕組みを持つゲームは25年前に存在するの」
……凄く、時代に取り残された気分だ。
「いまや使われなくなった家に眠っているディスクメディアを掘り出して活用する懐古的要素がヒットして、爆発的にユーザが増え始めたの」
言われてみればCDとかDVDって、あまり使う機会ないよな。
映画も音楽も、ウチはサブスクを使ってるし。
「それで、このサイトを見て。有志が独自の計算式で算出したアイテムのスコアが載っているサイト」
「どれどれ……」
そのサイトには、ランキング形式でアイテムの点数と生成元のディスクが記載されていた。
第1位[スコア673]――ザザンオールスターズのシングル『さよならバイビー』(12cmCD)
第2位[スコア641]――山本達郎のアルバム『THE MUSIC』
第3位[スコア574]――アダルトゲームソフト『ラブカツ』メロンボックス予約特典CD『柚葉とず~と一緒イチャラブ同居生活♡ ~先輩、柚葉と一日中あまあまえっちしちゃいましょう♡~』
「この最後のやつって……」
確か、あの変な女も口にしていた。ゲームのおまけのCDの名前だ。
懐メロに混じって、エロゲーのおまけのCDがランクインしてるのかよ。
「通称『柚葉CD』。これが欲しかったの」
「ゲームで使うために必要だったわけね」
まあお兄ちゃんとしては、こんな理由で良かった。
ちょっと背伸びしすぎじゃないかと気が気じゃなかったし。
「ゲームの方はいらないから、おにーちゃんにあげるつもりだったんだけど」
「それはお兄ちゃんもいらないよ……」
妹からそんなの貰うのは困る。非情に。
「お願いおにーちゃん。どうにかして悪い怪盗さんから『柚葉CD』を取り戻してくれないかな?」
「うーん……そのCDが無くちゃダメなの? ザザンか達郎の方が上なら要らないんじゃない?」
「『柚葉CD』は役割が違うから、上位を目指すにはどうしても必要。そして問題なのが、ザザンや達郎と違って流通量がとても少ない。ゲーム自体、あまり有名じゃなかったし、しかも特定の店舗で予約しないと手に入らなかった。出回ったのは100枚あるかどうか」
「ふーん」
「おにーちゃん……重大性がわかってないね」
「うっ」
あまり詳しくないゲームのことを熱弁されても……なかなか頭に入ってこないんだよな。
「『モンスター・サモン・オンライン』のユーザ数は、500万人なんだよ。『柚葉CD』という100枚にも満たないパイを500万人で奪い合ってるの」
れおちゃんが腕をふりふりして熱弁する。
「それは、確かに熾烈な争いだ……」
だが間抜けにも、俺はまだ事の重要性に気づいていなかった。
れおちゃんの言葉が更に続く。
「先日ネットオークションに『柚葉CD』が出されたの。滅多に出てこない『柚葉CD』の落札額は終日上り調子で最終的な落札価格は――」
真剣な表情のれおちゃんを前に、ごくりと唾を飲み込む。
「――243万円、おにーちゃんが今日買い逃した『柚葉CD』にはそれだけの価値があるの」
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