第6話 邂逅③

六瀬羅雨流ろくせラウル……」


 紳士を語るには、ややキザっぽい髪型の、レッドヘアーの貴公子。

 学外で遭遇するのははじめてのことだが、やけに執事服が似合っている。

 アンティークな片眼鏡をかけており、その愛用の片眼鏡には、ご丁寧に鎖までぶら下がっている。(てか、この鎖って何のためについてるんだろう)


 同学年の男子と比べても頭一つ抜けた高身長と甘いマスクで女子生徒からは清滝に並ぶほどの人気を誇る。西洋風のイケメンだ。

 そんな六瀬にあてがわれたP4としての異名は怪人Phantom。これは六瀬の異質な在り方に起因している。

 こいつはこう見えて、慎ましやかな外面からは想像のつかない辛口の暴言を吐く。それと気に食わない相手には暴力まで厭わないとの噂だ。表沙汰になったことは一度も無いが。

 何を考えているのかまるでわからず、常に危険な香りを身に纏っている。どちらかといえば優等生気質のP4の中では異色の存在。だから怪人なんて呼ばれている。

 ……俺はこいつが嫌いだ。どうも鼻につく。


「あんな堂々と女性相手にカツアゲとは、やれやれ品性を疑いますね」

「俺はお前がこんな俗っぽいコーナーにいることの方が驚きだがな」

「ワタシがどこで何をしていようが、貴方には関係のないことです」


 そしてきっと、こいつも俺のことが嫌いだ。言葉の節々から、不快の念が滲み出ている。


 俺は白手袋に摘ままれているゲームに意識を向ける。

 なんで六瀬までそんなゲーム欲しがるのか。皆目見当がつかない。


「おい。それは俺のゲームだ。返せよ」


 そう喧伝すると、六瀬はフッと小馬鹿にしたように笑った。


「貴方のゲーム……ですか? けれど、最終的に手にしたのはワタシですよ」


 俺のさっきまでの言い分を知ってか知らずか、得意げにそんな理屈を抜かす。

 ああもう、本当に腹の立つ野郎だ。


「ご所望なら奪い取って見せてはどうですか? 貴方も暴力は得意でしょう?」


 挑発的な態度で俺を見下す。俺だって殴り飛ばしてやりたいくらいだ。


「あばばばばばばばばば」


 ……すぐ側に店員がいなければ。

 だがおかげでいいことを思いついた。


「おじさん! このキザな男は俺の同級生なんですよ。未成年だから間違ってもあれを売ったらダメですよ」

「え? う、うん」


 肩を叩いて、おじさんに忠告する。

 ざまぁみろ! これで六瀬も手が出せまい。

 法律の前では、いかな怪人でも無力だ。


「やれやれ、まったく往生際が悪いですね」


 しかし六瀬はさも障壁などないかのように首を振り。

 ――ヘラりと、愉快なイタズラを考えついた子供のように笑った。

 サッと素早く左腕を胸元に突っ込み。


「では――キャッシュで」


 煙幕を張るかのごとく、何十枚にも及ぶ紙幣を店内にバラまいた。


「なっ……!!」


 大金が舞い散る光景に、開いた口がふさがらない。

 そんな奇行を易々と演じるその姿は、まさに怪人だった。


「ひええええええーーー」


 変な悲鳴を上げながら、地面を這いつくばって亡者のように金をかき集めるおじさん店員。

 そんな光景を満足げに見下ろしたあと、


「それでは、またどこかで。風紀委員」


 六瀬羅雨流はゲームをこれ見よがしに見せつけて颯爽と立ち去る。


「あっ、待て!」


 我に返って呼び止めたときには、執事服の男は既に姿を消していた。現われたときと同様、影に潜るかのように。

 その場には、必死に金を拾い集めるおじさんと、唖然とする俺だけが残された。

 いつの間にか、あの頭のおかしい少女もいなくなっている。


 騒動が収まり、静けさが戻ると、次第に愕然とした事実に覆われ、目の前が暗くなる。


「嘘だろ……俺、れおちゃんと約束したゲーム、手に入れられなかった……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る